ブックレビュー アンディ・ウィアー


火星の人


(★★★★★ 星5つ)
火星有人探査で起こった事故により1人残された主人公が生存のために知恵を絞るハードSF。既にリドリー・スコット監督、マット・デイモン主演による映画化が決定していて、トレイラーも公開されている。映画はトレイラーを見る限りこの原作本の雰囲気をよく伝えている。

ならば映画を観れば、と思うかもしれないが、これはこの原作本を読むことを絶対にお勧めする。何故なら、このSFは読み物として良く出来ているからだ。

作者は15歳でサンディア国立研究所でプログラマーとして働き始めた人で、父親は素粒子物理学者、母親は電気エンジニアと、バリバリの理系。そうした素養を存分に活かして、極めて緻密に世界を描き出している。

第1の美点は、破綻がないこと。素人目には、「そんなことはないでしょうよ」という設定上のウソが見受けられない。極めてリアリティーに富んだ描写に、とても説得力がある。このことはSF、ことにスペースSFでは重要で、「そんなことはあり得ないよね」という破綻があると、まず読む気が失せてしまうが、ここが綿密に計算されている。しかも驚嘆すべきレベルで。

そして第2の美点は、そうした論理的な描写でリアリティーを持たせながらも、科学や物理の専門家でなくとも理解できるレベルに上手に噛み砕いて叙述していること。恐らく中学生程度で基礎的な化学式が分かるレベルの人なら、難なく読みこなすことができるだろう。モルだの難しい物理方程式だのは出てこないので安心。

それから第3に、物語の展開がとても上手い。キャラクター設定、筋運び、地球や宇宙船や火星上での舞台の移し方のバランス、山場の設定など、とても良く出来ている。
特にキャラクター設定は第1の美点でも書いたとおり、リアリティーの設定上も重要。映画『ゼロ・グラビティー』のレビューで「すぐ癇癪を起こしたりパニックを起こしたり、目の前の客観事実に専念できないような性格では、候補者選考でまず真っ先に落とされて宇宙空間に行くことはないだろう」と書いたが、そうした不安がないのも、引っ掛かりなく読んでいてスッキリする。
登場人物はハードSFという性格上やや多くなるが、どれが誰だったか理解しやすいのでその点も◎。

久しぶりにSFを読んで興奮した。実際、最後の方は読んでいて文字通りドキドキし、心拍数が上がりっぱなしになったほどだ。しかも読後感も良い。映画がどの程度これを再現出来て、かつ映画ならではの楽しみを与えてくれるのか、今から楽しみだ。公開前には是非とも読んでおきたい。(2015/6/26 記)