ブックレビュー 大岡昇平


レイテ戦記(上)(中)(下)

(★★★★★ 星5つ)

(★★★★★ 星5つ)


(★★★★★ 星5つ)

事実が圧倒する重さなだけに、心して読書にあたった。これほど読書するのに決意の要る本もないだろう。戦記と題しているだけに、戦場の様子はもちろん、背景になった日米の戦略の動きや、地理的な特徴なども詰め込まれていて、とても濃い。侵攻図や原文のままの伝令などがひたすら続くと、頭がくらくらしてくるが、考えてみれば、ろくな訓練も受けずに駆り集められて戦場に送られてしまった兵士達は、これよりももっと混乱していただろう。そして、異常なフィールドで自分の生命を危機に晒したわけで、それを思うと、大岡が一人ひとりの御霊の弔いのためにこれを丁寧に記したことを読者は受け入れて読み進めねばならない。これは、本書の意義を考えると当たり前のことなのだ。

本書を読むことは、苦しい。読み進めにくいだけでなく、事実も暗澹たる有様だからだ。その苦しさを感じながら文章を読ませることで、戦場の阿鼻叫喚・悲惨・重苦しさを記録し、伝え、残そうとした大岡のミッションは、少し報われ、そして戦場に散った数万もの兵士(もちろん米兵も含む)の命の弔いにもなるのかもしれない。

無謀な戦争を主導した軍隊への大岡の批評は、もちろん厳しい。そして、戦争犯罪を償うことをくぐり抜けて戦後のうのうと生き延びえた戦犯達への視線も、厳しい。戦争の記憶がまだ生々しい頃に、これを書くこともまた、大岡にとって、新たな危機に直面したのではないかと思うほどだ。そんな大岡の絶大なる意志を汲んで本書を読むことは、とても重かったが、読んだ意義は大きかった。

野火


(★★★★★ 星5つ)

第2次大戦中、レイテ島での戦争体験を持つ筆者が、戦地での悲惨な体験を極めて知性的な文章で描き出している。本作は物語の主眼も、読者の興味も食人にあるが、そのテーマそのものと同時に読むにつけて注視されたのは、主人公がいわゆるインテリで、そんな知性は役立たずのものとしてかなぐり捨てざるを得ない状況の戦地にあって、なおはたらき続ける頭脳を持っている哀しさ、そして知性を踏みにじる戦争の悲惨を思わずにいられない。

そして、いかにも凄惨な状況をリアルに書いているにもかかわらず、文体が上品。キリスト教的啓示概念はさておき、禁忌を犯そうとするする時に見られている目の存在の書き方にははっとさせられる。そういった品の良さと現実に起こった悲惨とを両方体験できる、良著。なお、同じ大戦下でキリスト教的視点をもって凄惨な事件を描いている遠藤周作の『海と毒薬』を併せて読むと、なお興味深い。