ブックレビュー ローラン・ビネ


HHhH プラハ、1942年


(★★★☆☆ 星3つ)

ナチスドイツの国家保安本部(RSHA)初代長官ラインハルト・ハイドリヒと、それを暗殺したチェコ軍人2人を題材にとったドキュメンタリー的小説。一風変わったタイトルはドイツ語のHimmlers Hirn heißt Heydrich、「ヒムラー(全ドイツ警察長官、ヒトラー内閣内務大臣)の脳はハイドリヒと呼ばれる」との揶揄の略。

ドキュメンタリー「的」といったのは、この小説が一風変わった形式で書かれているからだ。則ち、そうしたドキュメンタリー小説を書く小説家の様子を小説にした、という、夢中夢的な入れ子構造になっているからだ。そこら辺のヒネクレ加減はさすがフランス人だなと思う。革新的な小説として賞も穫っているし、日本でも2014年本屋大賞翻訳小説部門第1位らしいのだが、俺の感覚にはフィットしなかった。というのも、作品を書くにあたっての著者の資料読み込みの労苦やら逡巡やら思索やら私生活やらの舞台裏を混入させるその手法は、主題の純度を下げているように感じられるからだ。

通常裏にあるものをひっくり返して表にして見せる。それは時に革新的と評され、新しい世界を創ることになる可能性はある。コム デ ギャルソンの服のように。しかしこの本は、コム デ ギャルソンの服とは違う。本来きれいにトリミングされるべき脂身を食用部位に混入させたままにしているような印象を受ける。あるいは本番演奏前のリハーサルをそのまま映像にして売りに出してしまったような。

この本の書評の中には大戦時のスリリングな展開がつぶさに分かってよかった、というようなのもあるようだが、史実を既に知ってしまっている人には、それを純度を保ったまま深化させる知の喜びや驚きがほしい。その点、この本は作者の心境の紆余曲折ばかりが目立って、視点が曖昧になってしまっている気がする。新しい表現手法に飢え新奇な書き方の本を探す向きにはいいだろうが、もっとこなれた何かを期待していると裏切られる。(2014/8/5 記)