ブックレビュー カズオ・イシグロ


わたしを離さないで


(★★★☆☆ 星3つ)

表4(本の裏)に書かれている要約を読むと、それを読まなければ徐々に解き明かされていくはずのストーリーの布石が、あらかた分かってしまう。が、それは初期設定として明かしてもいいと著者は考えていたようだ。
なのでここにも書いてしまうが、これは臓器提供のために育てられた人間を養育する学校を舞台にしている。が、そういったことがもし起こったらという倫理観を読者に問うものでもなく、どの臓器が取られてどう不具合を起こすかとか、そういった舞台設定で読者がうすうす期待する残酷な場面とか、そういったものは一切ない。では何がこの作品を読むうえでの意義なのかというと、ただその与えられた運命のなかで生きていく、運命に抗おうという姿勢が表面的には見られない組織社会のなかでの弱々しい人々の描く人間模様なのだ。

そのことに、少しがっかりしてしまった。俺は学校を舞台にしたものが、基本的に嫌いなのだ。十代の青い記憶という誰でも持ちそうな共通概念を用いて感情移入を計るという設定が嫌いだ。小さな世界のなかで、どうせ男女が恋に落ちて、(ほとんどの世界では共通概念として学校を用いた場合には恋に落ちるのは男女であって、いわゆるボーイズラブと呼ばれるあの類以外は男同士もなければ、まして女同士もほとんどない)そこが描かれて行くのだろうなと思うと、その定石的手段に、読む前から飽き飽きしてしまうのだ。
そしてこの物語も案の定そんな感じなのだが、恋愛関係になることの動機付けが舞台の基本設定と絡んでくるのが、普通の「学園モノ」とは少々違うところなのだが、だからといってそれだけでそう面白みが付加されるような感じはしなかった。

ただ、作風が気に入るなら面白いと感じられるのだろうなとは思う。透明で、やや陰鬱で、繊細な世界が、注意深く選ばれて編まれた言葉で構築されているのは小説ならではの味わいを与えてくれるし、主人公が物語を回顧する語り口調で進められていくなかで、物語上極めて重要な事実が突然はっとする形で出てくる構成の妙は、とてもよかった。
しかし、そういったアクセントが作品を引き締めているのはいいにしても、なぜそういった設定になったのかが掘り下げられることなく進行し、そして終わるところとか、人間であれば当然もっと激しく揺れ動く動き(心だけでなく社会的に)がきれいにトリミングされて、ただただ静かに流れていくだけでいいのかとか言ったところなどは、欲求不満を残した。ちなみに映画化されているのだが、興行収入は制作費の3分の1ほどにとどまった模様。映画のプロット的には、設定はセンセーショナルなのに中身が地味すぎるのかもしれない。