6時27分発の電車に乗って、僕は本を読む
(★★★★★ 星5つ)
出版社によると、「フランスで26万部突破、36カ国で刊行のベストセラー小説」なのだとか。読み進めるに従って、ぐんぐんその世界に引き込まれてゆく力を持つ作品。フランス小説らしい詩情と皮肉と美しさがちりばめられている。本と詩を愛する主人公は本の廃棄工場で働いていて、贖罪なのか鎮魂歌なのか、工場で生き延びた本の切れ端を通勤電車で朗読する、という設定。その設定も特殊だし、現実世界でそんな人がいたら、少なくとも日本では変人扱いだろうが、どんどんとそこから世界は展開してゆく。
この作品で描かれる世界はどこまでも現実設定に沿っており、徹底したリアリティーが貫かれているのに、リリカル。小説とはありそうな嘘をつくことだと俺は思っているのだが、この作品はその嘘が巧い。極上の美しい嘘を見せてくれる。「リリカル」とはいったが、本の断裁機の動作「等」(ネタバレになるのでここでは『等』とボカす)を、吐き気を催すような肉感的筆致で描いているところや、食と排泄という生理の根幹がキーになる箇所など、そうした詩情とは程遠いと思われる要素がありながら、読後的心象は美しく温かい。パリのエスプリたっぷりで、次はどうなるのだろうとドキドキさせてくれる。映画『アメリ』が好きな人なら、きっとこれを気に入り、そして映画化してほしいと思うことだろう。
驚くべきは、作者の知見の広さ。ストーリー自体は難しくなく、さらっと追えるのに、描かれる登場人物が詠み上げる詩の引用や、作中入れ子のように出てくる捨てられた本の断片にも、文学に通じていないとそうしたことはできないと思わせる箇所が山ほどある。この小説を書き上げるためには幾多の知的努力があっただろうに、それをさらりと仕上げているその見事さ。知性の裏打ちは、この作品が美しいと思えることの単なるスパイスではなく、根幹だ。知の実践と、知への敬愛が作品に籠められている。知は美なのだ。
そんな訳で、この小説は、筋を追ってどんどんページを繰るのが楽しいながらも、これをしっかり味わっていたい、終わりに近づくに従って終わってほしくないと思わせる。読んだ人には、強い印象を与えるだろう。(2019/8/30 記)