ブックレビュー 村田喜代子

八つの小鍋 村田喜代子傑作短篇集


(★★★★★ 星5つ)

特段、恣意的にドラマティックな設定や展開を見せるわけではない。設定は日常に徹している。少々幻想的なことを実体験のように語る入院患者などが出てくる話もあったりするが、それとてその話を聞く先生が常に現実世界に引き戻す役目を果たし、現実と密着している。他には旅行に出かける家族、ワカメの干されている島の村、椎茸を収穫する農家、等々、現実としてはむしろありふれたものでさえある。
なのに、じわり、じわり、と、描写や構成の凄さが伝わってくる。そして気づくと、文章のそこここに仕組まれた新鮮で切れ味のいい描写の虜になっている。

なかでもとりわけ、女という性(さが)にある深さ、そこを生きる様を見つめて書きだした様はすごい。冒頭作品の『熱愛』は、男の友情を超えて相手への想いを喪失の中に知るという同性愛的描写で(タイトルは『熱愛』だ) 、男を主人公に描き出してこそあれ、他は圧倒して女でしかあり得ない情景を、一見筆達はさりげなく、しかし、深く深く登場人物の背景や生、あるいは性(せい)をバックグラウンドに感じさせながら情景を描き出していく。そして、ドラマっぽいドラマは起こらないのに、ストーリーが物語として成立している。

また、そうした描写に説得力を加えるのが、丁寧な取材に基づいているだろうディテールの描写だ。方言然り、風景然りで、民俗学者もかくや、と思わせるほどで、しかしそれらを作品に投影する時点では、それらは知識の披露ではなく完全に作品のツールと化していて、その消化(昇華)っぷりは完璧過ぎて気づかない人もいるだろうが、気づくと空恐ろしい。八つの作品のうち五つが文学賞受賞作だが、この人の作品に関しては文学賞も獲るべくして獲ったと言える。この本は、「傑作短篇集」の名に恥じぬ傑作集。(2012/7/26 記)

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