ブックレビュー 村上春樹


1Q84 Book1 〈4月‐6月〉 前編


(★★☆☆☆ 星2つ)

最近は売上を稼ぐためか、まとめて書けなくなった作家が多くなったのか、その両方かは知らないが、本が上下巻セットで出たり、上中下の三巻セットになっていたりする物が多い。その中でこれは6巻と、ずいぶん稼ぎたいのだなという感じだ。だいたい、読むと決めたら俺はすべてのセットを買ってしまってから読み始めるのだが、この本ははてどうしたものかと、とりあえず1巻だけ買って読んだ。そして、全巻買わなくてよかったと思った。

書きだしただけでストンと自分の小説世界を作ってしまってそこに読み手を引き込むのは、さすがだと思う。リアリティーと、小説ならではの虚構とをうまくミックスさせるところも。しかし、丁寧に描き込んで長くなるというよりも、ダラダラ冗長で散漫な雰囲気的描写が多くて、嫌になってしまった。その情報量の薄められ具合は、数ページずつ飛ばして読んでも大丈夫なくらいで、進行と世界創りにこれほどの文字数が必要とはとうてい考えられない。

文章もハルキ的で、メランコリーでニヒルでアンニュイでと、80年代世界に合わせて書かれているのかこうしか書けないのかは知らないが、オールドファッションドなのだが、小説を読む楽しみとしての新鮮な表現の組み合わせというのは、この本には稀にしか現れない。

ベストセラーにはなったが、世の人が何故そんなにこの本を読むことになったか(読めたか)というと、プロモーションや知名度を除いて本そのものの内容に着目した場合、平明で俗で電車通勤に長時間費やす人がたくさんいるから、というだけのようだ。知的レベルの高い大人が読むべき本ではない。(2012/11/26 記)

ダンス・ダンス・ダンス(上)(下)



(★★★★☆ 星4つ)



(★★★★☆ 星4つ)

今まで村上春樹の作品は、何故か読もうと思わなかったが、去年(2009年)からどこでもかしこでも1Q84, 1Q84と騒がれていたので、どんなものだろうかと、村上春樹作品のとっかかりに、やと今頃読んでみた。面白いと思う。フムフムと、登場人物の思うところも分かりやすいし、筋は興味を引くように書かれているし、リアリスティックな所にぽっかり謎の闇をファンタジックに展開するのさえ、分かりやすい。そして、平易に見えて「ああ、これがこの小説家の非凡なところなのだな」と思わせる、はっとさせられる言い回しがある。

読んでいて特に面白いなと思ったのは、日常では面白くない空白に近い時間を、丁寧に描き出しているところだ。「ああ、暇だ」ととりこぼす時間があっても、人間はその時間も確実に生きていて、時間は流れているわけで、その時間がちゃんと描写されているのは、ありそうでないものだ。これが刊行された時代には、まさにその当時の「今の気分」を代弁しただろう、数々の楽曲名は、今読むと、「ああ、そうだった」と記憶を掘り起こす手伝いをしてくれる。そして、それをリアルタイムで聴いてすごした設定の登場人物の気分が、よりリアルに感じられる。

下巻での設定で、1つ収拾がつけられずに残された問題があるのが、わざとそうしたのだとしても、読み終えて何か消化不良を感じた。しかし、物事なんでもつじつまがあって事態が完結するものでもないので、それもありか。

ところで、ゲイの人物が1人出てくるが、ゲイを小馬鹿にしたような表現は、その当時にしろ既にOKではなかったように感じられもする。が、登場人物の設定でギリギリ読めるのかもしれない。(自分を育てることを放棄した父親がゲイの書生を置いているのを見た娘が、その書生に好意的な見方をするのは無理というものだろう)他の作品でもレズビアンに対して差別的な表現があるということが、ウィキペディアのページに書かれていたが、時代とともに村上も成長していることを願う。→追記:2015年1月に同性婚支持の発言があったようだ。