ブックレビュー 向田邦子


きんぎょの夢


(★★★★★ 星5つ)

昭和ドラマと聞いて人が思い浮かべるような人間模様が詰まった短篇集。しかし、俗であるには違いないのに、どこか品格を残していて、俗悪に堕ちていないのはさすがに向田邦子。人間の機微を深く掘り下げている一方で、抑制が利いているからだろうか。ハッピーエンドめでたしめでたしではなくて、どこか割り切れない不幸と裏腹になっている人間模様も併せ織り込んでいるのがいい。

この種の小説はとかく書き手も読み手も女手に任せてしまわれがちだが、世の男性にも読む価値が充分ある。リリカルな修辞をも要求すると、そこはひとつ後手に回るが、それでも平明な言葉遣いでどこまで人間の胸中に深く手を入れられるかというところでは間違いなく一級品。(2014/11/16 記)

思い出トランプ


(★★★★★ 星5つ)

それぞれ抜き差しならぬ人間関係の物語を13本集めた短篇集。向田邦子は、誠に恐ろしい才能の人だと思う。最近は人間関係のドロドロ実体験を綴った掲示板などもたくさんあるが、後味が悪く結果の見えない人間関係をフィクションで見事に描ききるのは、文才と、観察眼と、冷徹で達観した人生観とのすべてを備えていなければ成し得ない。どこかで聞いたような、身近でもあったような、居心地の悪い、しかしそれを吸っていなければ生きていけない空気を、雰囲気を携えた的確な表現でパチリパチリと決めていく。どこにでもありそうなエピソードだから与し易しと思って読みにかかると、気がついた時には圧倒され詰まれているというそのやり口は、白眉。

そして、「ああ、時代だなあ」と思うような徴表物が物語のそこここに出てくるのも、作品のリアリティーを高めている。しかし、それらは人間を描くこととストーリーを進行させるのに必要な限度で出されてくるもので、決して演出過剰ではなく、その点では登場の仕方は品が良い。が、その物にこめられた意味は軽くない。そこがまた、小説に深みを加えている。

どちらへ進んでも拓けても行かないし正しくもないが、それを選ばなければならない道ならぬ道を、人間は進んでいかねばいけないことがある。負けると分かっていても札を引かねばならず、また自分の持っている手札がカスだと分かっていても、それで勝負しなければならないことがある。時間は過去から現在未来へと流れていくしかないが、その流れの先が行き詰まっているケース。誰も勝たない展開。そうした、「苦い」とか「バッドエンド」といった単純な言葉では言い切れない事態をバリエーション豊かにぴりりと・じわりと描く、この13枚のトランプ。ここには人生が詰まっている。(2013/4/10 記)