ブックレビュー 武田泰淳


ひかりごけ


(★★★☆☆ 星3つ)

有名なひかりごけ事件にモチーフをとった表題作の他、『流人島にて』『異形の者』『海肌の匂い』の4篇から成る。少数派の社会、閉鎖空間の中のいわば部分法理を、人間の生理とともに描き出す。

4篇に共通して言えるのは、抜き差しならないそのコミュニティーでの灰色がかった事態の陰鬱さや、人間の肉感をその灰色の中で浮かび上がらせる叙述力が傑出していること。意図的に修飾語だの文学的言い回しだのといったレトリックを廃した文体でもって、対象物にフォーカスさせるのがうまい。

しかし、止むに止まれぬ事情で人肉食に至る『ひかりごけ』の事情は当人にとってはもちろん逼迫したものがあるに違いないのだが、抑えた武田の書き方が小さなコミュニティーの中での出来事を扱うと、スケールが小さくなりすぎて、同じく非常時の人肉食を描いた大岡昇平の『野火』に比べると鬼気迫る筆致というには今一歩というか。
『流人島にて』では、復讐劇の主人公が背後に抱く動機づけのちら見せがまだるっこしく、読んでいてフラストレーションを感じるし、『異形の者』では僧同士の抗争の緊張感が肝だが、そのコミュニティーを外から見たらどうなるのかという醒めた見方をすると、緊張感がうそ臭く感じられてしまう。

方言の使い方も、地方がごっちゃになっている感じで、地方感を出そうとしているがかえって気を削ぐ。

それにくわえて、より凄惨な事件や泥沼のコミュニティー内抗争などが氾濫した現代からすると、どうもセンセーションとしての意義は薄れてきている。刺激慣れしてしまった自分にとって、前述の気になった点と相まって、この本は結果あまり好みではなかった。