小説『クラブロンリー』第4章[竜人]
小説作品

小説『クラブロンリー』第4章[竜人]


クラブロンリー 第3章[QUICK メインフロアー]から続く

竜人を初めて見たのは、俺がDRAWSTRING BARに通い始めて、まだ1ヶ月もしない冬だった。雨の木曜日。司法試験の勉強に飽き飽きしていた俺は、週末を待ちきれず、二丁目に足を向けた。飲み客も多くはなく、カウンターの上に埋め込まれたテレビから流れる、もうほぼ暗記しているマドンナのブロンド・アンビションツアーのビデオを眺め、3杯目のカクテルを飲み、バーに入ってくる客がある度にその顔をチェックしては、知り合いでないことや、好みの男でないことに対しての落胆を繰り返していた時だった。3人組の一人として、竜人が入ってきたのは。

まさにノックアウトだった。B-3ボマージャケットの下、胸筋を窮屈そうに押し込むつもりが負けて膨らみを強調するアヴィレックスのTシャツ。リーのジーンズにレッドウィングのブーツ。ジム用具でも入っているのだろう、膨らんだドラムバッグ。短く刈り揃えた髪、人懐こそうな奥ニ重。この人に笑いかけられたら、俺はその光線に焼かれて蒸発してしまうかもしれない。

俺はそこそこ自分に自信のある方だが、自分の夢想するタイプに出会うと、途端に自分は不釣合いなんじゃないかと思えてくる。この時は、竜人を見かけて、俺は不釣り合いを超えて恥ずかしいと思った。週末に合わせて明日の金曜に髪を切ればいいと、ぼさぼさの髪で来ることを許した自分を呪った。飲んで赤い顔をしていることも、恥ずかしさに輪をかけ、できることといえば、無関心を装ってカウンターの正面を向き直るのがせいぜいだった。その一方で、雨の平日にここに来たことをラッキーに思っていた。

3人は、受付でドリンクをオーダーして受け取り、カウンター後ろの丸テーブルに落ち着いた。しばらく俺は、残り少なくなったカンパリソーダをちびちび舐めては様子を窺っていたが、途切れることのない3人組の会話には、つけ入る隙はなさそうだ。テレビの中のマドンナが水玉の衣装で[Holiday]を演り始めたのでもうビデオも終盤、これでラストにしようと、イエガーコークをオーダーした。

「変わったお酒が好きなんだね?」
竜人に背後からそう話しかけられて向き直った俺が平静を装う一瞬前に、パっと走った喜びの表情を、竜人は当然読み取れただろう。見ると、竜人の連れの2人は、別の店に飲みに行くと、出口へ向かったところだった。
「割と」
俺は世界一間抜けな返事を返すしかなかった。
「よく飲みに来るの?」
「たまに。普段は週末」
「家はどこら辺?」
「世田谷。小田急沿線」
「MYKONOSには行く?」
「行くよ。この前会員証を作った」・・・

ありきたりすぎるやり取り。竜人が聞いては俺が答え、俺が知りたいことは何一つ聞けていなかった。全てを明け渡す陥落の早さとたやすさには、我ながら呆れる。
「今度、一緒にクラブ行かない? 電話して。実家だけど。」
竜人は茶色い革張りのシステム手帳を取り出すと、ページを外して電話番号を書き、俺にくれた。俺はその下半分に、自分の電話番号を書き、切って竜人に渡し返した。終電だからと、後日電話することを約束し、バーを後にした。終電など、どうでもよく、むしろなくしてしまえばよかったのに。

別れて電車に乗ってから、猛烈に欲情した。人は、置かれた緊張から不意に解かれた時、衝動が昂じるものだ。最寄り駅の数駅手前で下車し、下りて環状道路沿いの道を歩き、環状道路を渡る歩道橋を目指した。より正確には、歩道橋の下にある公衆便所を。

第5章[QUICK 5階]へ続く