映画レビュー アルバート氏の人生 (Albert Nobbs)



(★★★★★ 星5つ)



グレン・クローズ渾身・全力投球の作品。過去にオフブロードウェイで演じたストーリーを映画化するまで、30年かかっているという。グレン・クローズはいつも凄味を感じさせる。『危険な関係』などでは、妙に男性的なあの顔立ちが観始めに違和感を感じたものだったが、逆にその顔立ちを活かしてこの役に挑んで、成功させている。

この作品は、19世紀アイルランドを舞台としている。たとえば同じ世紀でも、スキャンダラスに話題を振りまいてオスカー・ワイルドが社交界を席巻した隣国イギリスと比較して、もっともっと階級差別やそれに基づく収奪、そして社会の閉鎖的風潮が大きかっただろう(奇しくもオスカー・ワイルドはアイルランド出身。当然この作品を構想した時、オスカー・ワイルドは比較として脳裏にあっただろう)。そこで厳しい生い立ちを経て生き抜く術として、女性でありながら男性として性別を「偽る」ことを選択したホテル「マン」、アルバート・ノブズの生涯。それは、数奇であり、悲劇であり、極めて現実的だ。

選択的に性別を「偽る」ことのうちに、女性に惹かれることになるものだろうか? レズビアンの描き方としては、それが適切であるのかはよく分からない。ゲイと違って、レズビアンについては、時々選択的にレズビアンとしての人生を歩む人がいることを聞くこともあるからだ。暴力的危険がないから、男性不信が昂じて、等々。無論、生まれながらにレズビアンであって、性的指向は選択的でないという見方と、この映画でのアルバート・ノブズの描き方とは拮抗するところもあるだろうし、異論もあろう。
しかし、性はグラデーションという見方もまた真であって、その難しいラインをこの映画は見事に描き出していると感じた。「偽る」と括弧つきで書いたのは、アルバート・ノブズが女性の格好をした時に、解放的で自分を取り戻した溌剌とした表情で海岸を走るシーンがあったからで、男装をするのは、社会的に生き延びる術であるのだと感じさせるシーンがあったからだ。

しかし一方で、若い女性をアルバート・ノブズはデートに誘い、娶ろうとさえする。それは社会的な生き抜く術を超えているが、それが自然な有様なのか、そこまで自分を男性になぞらえた結果であるのかは判然としない。その微妙なラインは、ストーリーとして実に上手い。

生き方は自分のもつ性的指向はもちろん、社会的な境遇とも密接に関連して形成される。それがその時代、その国、その街、その身分だったらどうはたらくのか。複雑に絡み合うそれらの要素を見事に描き出した作品で、LGBTに興味がなくとも観る価値がある映画だ。(2017/7/5 記)