ブックレビュー フィリップ・K・ディック


高い城の男


(★★★★☆ 星4つ)

この『高い城の男』をフィリップ・K・ディックの代表作と推す人も多いようだ。俺としては『ブレードランナー』の原作たる『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』の方が代表作としてはふさわしいと思う。

『高い城の男』の設定は面白い。第二次大戦の勝利を収めたのは日独伊三国の方で、しかしイタリアはお留守、日独で世界を二分する覇権を争っている。舞台は属国たるアメリカ。凝った舞台設定は深くのめり込んで下調べしたであろう、日本人の風習や、中国の易学(これはキーだ)、そしてナチスの幹部達が次の首相の座を狙っている様などは、読者の知識欲を掻き立てるに充分。

しかし、例によって物語のケツが拭けていない。『アンドロイド~』もそうだったが、終わりが唐突であっけない。それだけ世界を組み立てておいて、登場人物のお膳立てもありながら?という欲求不満を感じさせる。

その欲求不満は、物語中の日本人や日本人に影響を受けた作中の人物が、事あるごとに易を立てるのに対する違和感を吹き飛ばしてしまう。易については、舞台設定からして大戦の勝利者側は枢軸国側なのだから、当然話の背景としては日本は中国の主要部分を配下に収めていることになり、それは文化的吸収をも含むと(無理やり)考えればいい。
しかし、次代の覇権を巡って丁々発止の緊張と衝突状態を描いておいて、それはないだろうという物語の放り出し具合に、読んだ後の虚無感は果てしないものがある。

無常観がフィリップ・K・ディックの持ち味なのだろうか、と無理やり納得しようとしてはみるのだが、どうにもやりきれなさが残る。歴史は常に連続していて区切りはあっても始まりと終わりはないし、またその流れは割り切れないもの。さもないことで世界が瓦解することは現実にもあり得るのだから、と思ってはみても、これは書かれた世界なのだから、もう少しどうにかした方が、と感じてしまう。

それでも、独自のレトロフューチャーリスティックな世界観に一気に読み手を引き込み、世界を探索させる気にする手腕は秀逸。ファンが多いのもうなずける。この作品はアマゾンの映像コンテンツ部門によって今年ドラマ化され、予告編が公開されている。こちらも楽しみだ。

(2015/10/7 記)