ブックレビュー ジェームズ・ボールドウィン


ジョヴァンニの部屋


(★★★★★ 星5つ)

「時期早尚」という言葉があるが、この内容は、発表された1956年の社会にとっては、作家が黒人でゲイが主人公(かつ大半の登場人物もゲイ)という内容が時代としてあまりにスキャンダラスだった。しかし、内容には普遍性があり、これがもし男女のものだったら、そこいらじゅうに溢れている恋物語のひとつにすぎなかったかもしれない。

そして、21世紀も入って最初のdecadeも過ぎ去った今(2010年)に生きるゲイである自分から見て驚くのは、『ジョヴァンニの部屋』で描かれているゲイワールドは、今といささかも変わっていないということだ。出てくる女っぽいバーの経営者、薄幸で金のない目を引くルックスの従業員、女を愛さねばならないと思い込みながら男に惹かれる男、金を注ぐが愛も美も得られない中年オカマ、そして(迷惑なことに)男にダシにされる女。
それらの人物が愛憎劇や駆け引きを繰り返してストーリーが展開してゆくのは、半世紀以上経った今もまったく変わっていない。そしてオペラかミュージカルにでもなりそうな感じだ。

しかし、この本はゲイが自己受容することを恐れるがあまり人を傷つけるという、内なるホモフォビア(同性愛嫌悪症)という、アイデンティティに関わる問題を正面から取り上げた作品で、かつ文学的にも味わい深いという、社会性・文学性の両面から見て、大変価値がある作品であり、恋愛劇に終始しない。そのあたりがとても意義深い作品だと言える。

蛇足。ジェームズ・ボールドウィンが黒人作家として注目されていたことからすると、当然黒人への問題提起もされてしかるべきだが、この作品では登場人物は白人のみ(というか、黒人を想起させる表記がないということは、当時社会での登場人物は白人しか意味しなかったから白人)なのだが、ジェームズ・ボールドウィンが黒人でゲイという頭があると、物語の主人公が白人という設定であると思うことが、なかなかできなかった。