ブックレビュー 陳 浩基


世界を売った男


(★★★☆☆ 星3つ)

陳 浩基で評判が良いのは『13・67』という著作らしい。そちらは半世紀に渡る香港のリバースクロニクルの形を取った刑事物ミステリーらしいのだが、本作『世界を売った男』も刑事物。殺人事件を追ううちにある日目覚めると6年の歳月が流れていて事件は解決済み。当然本人は納得がいかず、その事件の記事を書きたいという女性記者とともに事件の軌跡を追うと……、というのが本作のプロットだ。

ストーリーを追わせる筆致は退屈させるところがなく、物語を引っ張る力を持っている。また、ストーリーテラーに徹するのではなく、文章自体に味わいをもたせることも忘れておらず、文章のクオリティーは高い。
が、主人公が何故記憶を喪失したのかという肝のネタが、俺としてはしっくりこなかった。

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人格の乖離を起こすほどのトラウマティックな事故が起点となって自分を対象とスワップしてしまうというネタは、「ああそうだったんだ!」と読者が腑に落ちるネタではないように思える。 もしそうするなら、他者が主人公をどう見て、どう違和感を覚えるのかを書かないと。同行した記者は主人公の刑事をどう思っているのかとか、主人公の所属する警察署の人間と主人公との関係性を書かないと、あまりに唐突な「ちゃぶ台返し」に思えてしまう。
また、年代の齟齬についてそれを明かすためのマイルストーンとなるデヴィッド・ボウイの作品のリリース年代は、最初に描いておかないと、「あれは何年のはずなのにそれを知らないということは」…といった読み手の推測を妨げてしまって、記憶で年数が飛んでいることの後付けとしてそれを明かされても白けてしまう。

どうやら、評判の高い『13・67』を先に読んだ方が良さそうだ。そうせずにこれを先に読むと、上記の点で「面白かった」と思えず、これ以上陳 浩基の他の作品にさらなる興味を持つのは難しいように思えるからだ。