ブックレビュー『世界屠畜紀行』


内澤旬子(著)


(★★★★★ 星5つ)

本の背表紙にある宣伝文句には「いつも『肉』を食べているのに、なぜか考えない『肉になるまで』の営み。」とある。俺はそのことをたまに考える。屠畜場がどうなっているのか、動画レポートで見たこともあれば、芝浦の食肉加工場のホームページも見たことがある。興味は持っていて、大体のプロセスをそこで知ることはできるが、もっと仔細に、あるいは知りたいことをありのままに知りたいのだが、大抵そういうものではボカされていて、見ることができない。そこをこの本は鮮やかに描き出している。

まず筆者のバイタリティーに驚く。世界各地を回って、その国の屠畜の現場に飛び込んでいっている。まずそれが凡庸な人にはできないなあと思う。そして、大抵は男の仕事で女の人は触るどころか見るのも許されないこともある屠畜を、つぶさにレポートしているのだが、視線はあくまで自然体。屠畜につきまとう差別概念や、日頃肉を食べているのにそれを「怖い」「汚い」と忌み遠ざける多くの一般人の矛盾を突きたい気持ちはあるのだろうが、誰かや社会を批判に晒すために問題を提起するというお説教めいたスタイルではなくて、あくまで、動物が食肉になるまではどうなのか、それを生活の一部としている人=自分でその動物の肉を食べるために行う人と、職業として行う人=他人のためあるいは司祭で捧げるためにそれを行う人とには、どう違いがあるのかといったことを、純粋な視点から描き出している。

もともとこの本は単行本で出版され、それが文庫本化したので、イラスト(これがミソ)の線や字が細く小さくなってしまっているのは残念。しかし、イラストがあるとないとでは大違い。ビジュアル化する能力と、レポートする体力と、そこでの体験や思い、考えを文章に落としこむ力とを兼ね備えていて、すごいと思う。文体はあくまで穏やか。口語体で、ひょっとしたら「サブカル」に分類されるかと思うような調子すら見せるのだが、思考のエッセンスを披露しなければならない場面での筆致は鋭い。そう、まさにこういう本を俺は読みたかったのだ、うんうん、とうなずきながら読み入ってしまった。

彼女は文中でこう言う。

これまで私たちは動物の食利用について、一部の人にその過程を押しつけて、考えないようにする歴史と文化をひきずってきている。

と。まさにそれが屠畜や皮革産業に従事する人たち(この本には肉を取って革はどこでどうなっているのかもきちんとレポートがあって、またこれが良い)への差別がいまだ残る原因となっている現象であり、「肉を食べるのはいいけど動物を殺すのはちょっと」とアマチャンな利己的心理が偏見を生み、ご都合主義の消費社会を加速させることへと繋がっていることを読者に考えさせる。

しかしこの本がいいのは、そうした問題をしかめっ面で論じることではなくて、食への興味、肉が好きならその源泉までをも見て知っておきたいという自然な興味が全体をポジティブなタッチにしている点だ。この本はすべての人に読んでもらいたい。そしてあとがきによると続編も企画されるとか。楽しみだ。(2013/5/24 記)