ブックレビュー『原始仏典』


中村 元(著)


(★★★★★ 星5つ)

仏教の教義は開祖以来複雑に分化し、素人に理解するのは難しい。しかし仏教の本義はこの世に生きる人を救うものであり、民衆にとってもわかりやすいものであるべきだ。
この本は仏教が生まれた時にさかのぼって、場合によってはその萌芽となる宗教的・文化的・地理的背景をも掘り下げて、分かりやすく仏教のエッセンスを教えてくれる。語り口はテレビやラジオの講演を基にしているので、ですます調でかつ非常に分かりやすく平明。しかし、体系的に理解しにくい仏教の経典構成からその要旨、そして現代的な解釈までを、著者の広大かつ深遠な知識を基にラジカルにひもといてくれる。読者の知識を飛躍的に深めてくれるのに、やさしくて論理展開にも無理がない。その姿勢に、その内容に、何たる文化の豊穣・何たる知の真髄かと、驚嘆する。

著者は、アカデミズムでこねくり回したいたずらな複雑化を、「ペザンティック」と一蹴する。しかし、一般大衆にも分かりやすい解説をしつつも、そうしたアカデミズムや複雑化した仏教の枝分かれの先に対しても、あたたかい視線をもって本義に立ち返る機会を与えようとしているようにみえる。それはまるで釈尊の慈悲のようだ。

そして本を読み進めるにつれて、読者に心の静穏とは何か・人の道とは何かという、宗教が本来人に与えるべき本質に対して目を開かせようとしてくれる。しかも、押し付けがましくなく、自然気づきがあるような、導かれる人への敬意を持ったやり方で。清潔で、温かく、清々しく、深い。どんな宗教を持っているかによらず、また、宗教そのものを持っているかどうかによらず読むべき、極めて希少な良書。