ブックレビュー『あと千回の晩飯 山田風太郎ベストコレクション』


山田風太郎(著)


(★★★★☆ 星4つ)

山田風太郎は娯楽作家で、『魔界転生』や『忍法帖』シリーズで名高い。その辺りには俺はまったく興味がないどころか、むしろ自分の嗜好としては遠ざけておきたい物の類だ。が、ふときまぐれに読んだこれは、なかなか面白かった。

食を主題に置いたエッセイということで読んだのだが、さすが俗作家、さっそくいろいろ脱線して結局題名などはなきがごとしになっている。その辺りは明確にダメだなと思うポイントなのだが、なぜそんな俗にまみれた作品を書いた人の主題を逸脱したエッセイがまあまあと思ったかというと、意外な各所に通じる造詣の深さにある。

今(2012年)は俗をプロデュースする人というと、作家にしろ何にしろほんとにカスで、教養のキョの字もない薄っぺらな者がただ時流に乗ったり売り込みが巧かったりするだけで出てきた人だが、この人は幅広い教養を身に着けて、そこから俗へ落とし込んでゆくという、いわば民衆のための咀嚼作用を丁寧にやってのけた人と言える。その端々が、エッセイに深みを与えている。

とはいってもやっていることはムチャクチャで、朝晩に大酒、呼吸するが如き喫煙という、多分実際に見たら嫌悪することが明々白々なライフスタイルなのだが、書いた作品のとおり勧善懲悪、そこから病を患ってだいぶ苦しんだようだ。その辺り、読んだ人が「だからこの人は」と溜飲が下がる思いでせせら笑いながら自分のエッセイを読むことは、計算のうえだったのだろう、いかにも自分の無茶が自分に罰を与えたことを自嘲気味に書いている。その辺りが頭の良さだ。
何にせよ、昭和の香りをまとった(といっても平成まで生きていて、平成の最初の頃のことも書いてはあるが)作家の実態に興味があって、主に昭和を生きた文化人の一端や世相を知るにはいい素材。そして、昭和の頃には娯楽にも知性が潜んでいたのだなと思わせた本。(2012/10/17 記)