石井光太(著)
(★★★★☆ 星4つ)
豊富な実地取材を基にスラムやストリートチルドレンの暮らしや貧困社会の仕組みを紹介しているが、基本的な価値概念の判断はこの本を読む者に委ねられており、「だからこうすべき」という筆者からの強い主張はない。事実を連続的に紹介し、包み隠さず知らせることから、知らなかった者は疑問を解消し、自分の考える貧困対策へと目をうつすことが主眼になっている。
それだけに、義侠心とか正義心の強い人はフラストレーションを感じるだろう。「しょうがない」「事実はこうだ」といったままだからいつまで経ってもその事実はそのままなのだ、と。しかし、圧倒的な事実の見聞の前に、きれいごとの正義やボランティアでもって世界を変えることができると吹聴するような人は、自分の偽善に気付かされることになる。そこは、論調を特定の方向へ持って行こうとしない筆者の勝利である。
しかし、気にかかるところもなくはない。売春や、代償的性行為としての同性愛行為については、どこか筆者のバイアスが匂う。
すなわち、実地取材といえば聞こえはいいが、アジアでの売春「取材」について「実地に」知るということは自分の性欲を満たすことが少なからずあったはずだし、それを正当化してなおこれからもセックスの提供を期待している向きがあるではないかと感じられるところがある。
またスラムであろうと世界のどこにでも同性愛者はいて当然だから、同性愛者の性生活も見えてくるのは当たり前だし、女性が商品であって容易に手がつけられない社会で性欲を解消するための代償的同性愛行為が生じることもあるが、それについて嗜好だとか選択的に同性愛者になるだとかいう印象を読者に植えつける言い方があって、大いに気になる。
そうしたむず痒さを感じるところはあるが、知りたいことを知らせることで貧困を考える契機になることについて、この本は成功している。通常の旅行者ならばまず入り得ない所にまで深く入り込んでいって、スラムに暮らす人々の心情までをも引き出すというのは、並大抵のことではできない。嫌な目にも危険な目にも遭うこと度々であっただろう筆者の、それは努力というよりはもはや執念であり、そこからキレイな生活をしている日本人に伝えるために事実を整理して紹介する努力にも敬服する。
ともかく、この本には嘘臭さがない。そこは最大の美点だ。事実から何を感じて自分の考えをどう組み立てるか問われている気になり、そうした力を養うために、この本はとても役立つだろう。サブカルの名の下に、諸問題を究極的には面白がるネタとしてしか扱っていないB級紀行本や、逆に「子供たちの笑顔が輝いています!」といった演出で糊塗した「善意」にパンチを食らわす本で、一読の価値がある。(2015/4/19 記)