マーヴィン・ハリス(著)
(★★☆☆☆ 星2つ)
人肉食行為はその特殊性と異常性でしばしば話題になるが、それを人類学的見地から紐解く…のかと思っていたら、期待はずれ。
というのは、本著の主題は人肉食ではなく、石器時代から現代に至るまでの世界各地で展開されてきた、コスト=ベネフィット(労力に比して得られる食物の価値ニアリーイコール生体維持のためのカロリー獲得)の問題を基軸に農耕、狩猟、畜産、口減らし、戦争などを紐解くのが主軸で、人肉食についてページが割かれている量は1割にも観たない。原題は”Cannibals And Kings”だが、看板に偽りあり。人によっては騙されたと思うかもしれない。
丁寧な調査と他学術書の読み込みには膨大な労力が割かれているが、自分が言わんとするところを人に訴えかけるための能力に欠けている。饒舌にして言葉を多く使うが、要するにどうなんだというところが後に持ってこられていて、悪しき散文の典型例。せっかくの知識を伝えきる力がないのが何とも残念かつストレスフル。
人肉食についてはよりリアリティーある考察は他にもあるし、本書にも出てくるアステカの残忍な生贄の儀式をもっとつぶさに知りたければ、映画の『アポカリプト』を見れば足る。
尤も、この本に要求されるのはそうしたゲテモノ好き・怖いもの見たさではなく、表題のとおり何故人は(その社会において)人を食べたかという冷静な社会学的動機を解明することだろうが、その点においてもこの本は食い足りない。人肉食は、前述の生体維持のためのコスト=ベネフィットの視点だけでは足りず、いわゆる嗜好的カニバリズムやシリアルキラーの犯罪を別としても、呪術的・宗教的視点や、弔いの慣習・戦争における非常時の部分社会的心理など、様々に分類することが可能だろうが、そうした分類で人肉食をきちんと分類してみせるところもない。人肉食に触れるボリュームだけでなく、その点でもこの本は羊頭狗肉である。
ただ、読めばいくつかの発見もあって、石器時代から現代にかけて人が食うための効率化は右肩上がりと思っていたら実は違ったとか、イスラム教で豚を穢らわしいものとして肉食を禁じたり、ヒンズー教で牛を神聖視してやはり肉食に供することがないことの背景をラジカルに論じてみせることや、戦争の契機を分類してみせるところなどは面白い。しかし、視点があまりにもあちこちに行きすぎている。
博学であることと人にそれを伝えることができる能力というのは当然ながら違うのだなあと思わせた一冊。教科書のようで、読み疲れする。(2015/4/9 記)