小説(日本)

ブックレビュー 伊藤計劃


屍者の帝国

伊藤計劃×円城 塔の本作については別ページ参照

虐殺器官


(★★★★★ 星5つ)

近未来SFなのだが、アメリカが舞台になっている。というよりは、より正確に言えばアメリカ軍に所属する主人公がある人物を追って世界の様々な場所に行くのだが、アメリカベースとして物語は進行する、というべきか。アメリカ人が書いたのかと思うほど言葉の選択がこなれていて、日本語に英語のルビが振られていたり、その逆だったりする箇所は「原書にはこう書かれてあったのかな」と、存在しないはずの英語の原書を思い浮かべるほどリアル。

近未来が舞台設定となると、どの程度の未来を予測するか、逆にいえば現在の社会やテクノロジーをどの程度引き継がせるかが問題になるが、その辺りはうまく割り切っているというか、我々の現代社会で馴染んでいる会社や商品はそこここに出てきて、その一方でウェアラブルハードウェアが肉体と密着している様はアニメ世界のようだし、もっと有機的な物とテクノロジーが同一化している様やハードボイルドな設定と相まって、読者は読み始めると即座にその世界に引きこまれていくことだろう。

プロットも面白い。展開がよくて飽きさせないし、読者の期待に沿う所と裏切る所のバランスが絶妙。これがあるSF小説の賞を逃したときに選者がケチをつけたところは(ネタバレになるので書かないが)分かる気もするし、繰り返し現れる主人公の亡き母親への執着はどうにもしつこく共感しかねるが、そうしたところは全体を通じてみれば、大した欠点ではない。

ともかく、秀逸で、一読の価値ありで、他の作品も色々読んでみたいと思うところなのだが、筆者の伊藤計劃(いとうけいかく しかし英語ではProject Itohと書かれてある)が早逝してしまって他に数作しかないことが残念でならない。(2012/8/5 記)