付き合い遍歴 その12 溺れるナルキッソス


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ゲイの中には時々、あまりにも性的ファンタジーが肥大しすぎてそれが自我や自己を押し潰しそうな人がいる。今回はそんな話だ。

八重歯の覗くところが昭和のアイドルのようだなというのが、創の笑顔を初めて見た時の感想だ。しかしこの関係は、最初ににこやかな挨拶を交わして出会い、その笑顔に惹かれ…といったきれいないきさつではなかった。ハッテン場でセックスをしたのが知り合ったきっかけだ。場所は覚えていないが、おそらく公園かどこかで。和哉と別れてからしばらくし、俺はまた気ままなセックスライフを送っていて、その時に出会った。

ちょっと変わった、スリルを感じられる場所でセックスをすることに、創も俺も傾倒していた。そうした好みが合って複数回関係するうちに、言葉を交わすようになったのだ。そして何となく付き合うようになった。付き合ってみると、セックスの時の緊張感を伴ったシリアスな雰囲気とは違い、素顔は屈託がなく、感じがよかった。最初は。人はギャップのあるものだな、と思った。その時は。

挿入行為なしで、ある程度距離を取って痴態を見せ合い、挑発し合い、というのが創のセックススタイルだった。ここで言っておくと、ゲイのセックスを定義するなら挿入を要件とはしないと俺は思う。相手の介在があって性的快感が得られれば、それはセックスだ。

そこに緊張感あるハードな空気を求めるこが、創にとっては嗜好を超えた必須要素だった。創はいわゆるズリ合いの相手を募る掲示板も運営していた。

創は東京の近隣県にある実家住まいだった。付き合ってから実家にも行ったことがある。付き合っているなどとは言わず、友人としてだが。特段裕福でも貧しくもない極平均的な家で、両親も感じがよかった。一緒に食事をしたが、父母と創の間にわだかまりなどもなく(だからこそ俺を家に呼べたのだろうが)、平和な一般家庭というのはこういう所を指すのだろうなと感じられる、モデルケースのような家だった。

しかし、セックス時の創は冷酷で非人間的ともいえるほどの突き放した感じで、それは素の時の感じのよさや一般的な温かい雰囲気の家庭で育ったとは思えないほどかけ離れており、俺に戸惑いを感じさせた。普段とセックスの時とでは、目つきさえ違うのだった。人を物でも扱うかのような豹変は、SMのような加虐・被虐には全く興味がない俺にとっては不快で、関係に不安感を持たせるものだった。

セックスの時にもう少し配慮を見せてくれてもいいんじゃないかという趣旨のことを話すと、創は表面的には理解を示した。しかし事に及ぶと、物理的な加虐こそしないものの、人を人とも思わない態度になった。そうした緊張感が創にとっての性的興奮のバックボーンだった。

その雰囲気がイメージしづらい人に、どのようなものだったかもう少し具体的に言うと、トムオブフィンランドの描くハードゲイイラストのような空気だ。レザーハーネスとケツ割れで身を包み、男としての肉体の存在だけが支配するモノクロの世界。TOFはあくまでファンタジーだが、創には、そうした空気を単なるファンタジー止まりとしてではなく、現実化したい気持ちがあったのだろう。実際、TOFのイラストのような身体の特徴を実現すべく人為的に変異させた部分があった。睾丸にシリコンを入れて増大させていたのだ。これは、特にドイツなどで見られる身体改造で、それにより異様な股間の膨らみが男性性を強調する。やりすぎで死亡例もある改造だ。

距離を取って向かい合わせになり、股間をこちらに突き出す創のそこに触れると、「ちょっと待てよ」と思わずにはいられないほどの膨らみがあった。そこについては見るたび気にはなったが、普通ではない身体的特徴のことを無闇に口にするのはどうかという思いもあり、俺が言及することはなかった。なので、いつからそうしたのか、そしてどこまでやる気なのかは分かりかねた。それに、万一腫瘤等の病気等だったら気に障りもするだろうし、という思いもして黙っていたのだが、一見してそれは病変などではなく、明らかに人工的に手を加えたもので、本人はその特徴とそれを見た時の人の反応を楽しんでいるようだった。

素では感じがいいし、セックスファンタジーというのは素のキャラクターからは切り離されたところにあるというのもままあることだし、とは思っていた。が、そのうち、支配的で冷酷な感じは、素の時にも顔を覗かせるようになってきた。意に染まないと、嫌な態度を取ったり、人を否定するような言葉を吐くようになった。

そういう非人間的扱いの傾向は嫌いだと言明したが、一旦は謝ってもまた繰り返す。次第にファンタジーが本人を侵蝕していっているようで、それは不気味ですらあった。「今度そういう言動があったら関係を断つ」と言うと、これまた平身低頭謝る。

が、そうした人間が癖(へき)を繰り返さない訳がなかった。程度を超えたケースがあったので、言い渡しておいたとおり、それで関係をお終いにすることにした。僅か数ヶ月の付き合いだった。

別れてしばらくして。俺は次の相手と付き合い、別れ、さらにその次の相手をも経てから、数年後のことだ。独り身になった俺はスリルある刹那的なセックスを求めてネットの掲示板(創の運営していた掲示板とは別)を覗き、興味を引いたとある書き込みにコンタクトし、書き込み主と待ち合わせた。いかにも好き者といった顔の男が待ち合わせ場所に現れて、その追求心に満ちた獣の顔に、こいつなら面白いことがやれそうだと思った。ダメージジーンズの股間近くに更にカットを入れていて、ちらちら覗く生地はケツ割れを穿いていることを窺わせていた。
日曜の昼下がりだった。俺と男は、周辺をうろつき、人気のなさそうな雑居ビルに目星をつけて立ち入ると、非常階段で事を始めた。相手が俺を睨め付けながら「見ろ」と言わんばかりの態度で、ジッパーを下ろし、ケツ割れ姿になり、それも脱いで股を開き、その場に寝そべった。俺はそこで遅蒔きながら気がついた。創かよ。伸ばした俺の手に、その男の睾丸は異様なボリュームと硬い手触りを返してきていた。別れてから数年経っており、髪型含め風体も、顔つきさえ違っていて、初見で創だと判別できなかったのだ。

正直言うと、待ち合わせて顔を見た時に「どこかで見たような」とは思った。だが、どうせ過去にどこか適当なハッテン場でやった奴かな、位に判断して、記憶を深く検索しなかった。この時の創には、最早かつてのあどけなささえ感じられた笑顔の片鱗はなく、セックスファンタジーと風体が完全に合一化した、一匹の雄だった。

で、どうしたかって? 最後までやった。据え膳食わぬはと言うではないか。ワンタイムにはちょうどいい存在だった。その場のファンタジーに乗っかって、こちらも相手を性処理道具位に思って扱ってしまえばいい。後腐れない関係というやつだ。

創にはそれ以降は連絡していない。向こうからの連絡もなかった。それまで、俺も人後に落ちず性的欲求が強い人間だとは思っていたが、正に文字通り変貌した創を見て、それが人格を侵蝕してゆくのは怖いものだと思った。

しかしそれは他人が見た片面的な見方で、本人としては本望なのかもしれない。思い描く情景の世界と自分を合一化させたのだから。ナルキッソスは水面に映る自身に恋をし、寝食を忘れて死んだというが、中には幻影を得ようと水に飛び込み溺れる者もいるのだ。

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