ブックレビュー 吉田篤弘


空ばかり見ていた


(★★★★☆ 星4つ)

理髪師が世界を旅する物語。ファンタジックなのはこの人の作風のひとつなのだろう。↓に書いた『つむじ風食堂の夜』はファンタジックな中にも現実的側面が大きかったが、これはより幻想に傾いている。

そこが特徴でもあり、自分としてはあまり好みにフィットしなかったところでもある。いわばジブリ的世界とでも言ったらいいのだろうか、湯屋(単なる温泉でなく、この本ではもっと色っぽい所だ)のボイラー炊きが出てくるところなどはそっくりだ。小説については「ありそうな嘘」をついてほしいのが自分の好みなので、絵空事のようになってくると、注力しきれなくなってしまう。

いずれにせよそれは好みの問題で、さらっとしながら深い感じだとか、どこかに漂う寂寥感などは心地よい。ところどころのリリカルな表現と、抑制のきいた叙述とを織り交ぜるバランスが良い。平和な気持ちになれる本を探していたら、読んで損はない。(2015/10/2 記)

つむじ風食堂の夜


(★★★★★ 星5つ)

ファンタジックで清潔な物語。総じて言うと平明でストーリーを追いやすく、構成が章立てになっていてその点でもさらに読みやすい。しかし、内容は薄っぺらな訳ではなく、小説らしい文章の味わいを楽しめるし、何かストーリーを読みたいと思っている人にも満足を届けてくれる。

映画にもできるだろうなと思っていたら、しっかり映画化されていたようだ。予告編を見る限り、小説の世界を忠実に表しているようだし、キャストもそれらしい俳優が揃っていて、映画によってこの本のイメージが壊れることはないだろう。

ずしんと来るものもなければ、情欲や葛藤といった人間の暗部もない。食い足りないという意見を持つ人もいるだろうが、ここには平和と、人間味と、美しさがある。読むとポッと心に火が灯り、懐かしい味の洋食でも食べたくなるような作品。(2014/5/23 記)