長編叙事詩 孤独な王 前編


王は孤独だった。遙か南国の生まれの王は、生まれの地では民衆の賞賛を一身に受けていた。刺々しい鎧をまとい、うかつに接しようとするものなら、容赦なく接する者に罰として傷を与え、ぞんざいな手に取り扱いの不当を文字通り痛いほど知らしめてやるのが王の方法だったが、一度腹を割って対峙してみれば、そこには王のみしか持ち得ないふくよかで唯一無二の濃厚な甘美があり、おしいだたく者には無上の喜びと満足が降り注ぐ。女王もまた、王と同じ国にあったが、女王は可憐で、王に比べると上品すぎ、王をあがめる者は、王のボールドな外観とその中身、大きさに「やはり王でなくては」と、王に向き直るのが常であった。

また、王は、外観がすこぶる特異なだけでなく、ほとんど傲慢とさえ言われかねないあり様から、出入りを禁止されている場所もあった。高級ホテルや航空会社の中には、王であるのに「適さない」場所として断るところも多々あった。それは、王の外見以外の、「あること」のせいでもあった。
それでも、王は王であって、何より生まれの南国では絶対的な価値観でもって受け入れられていたので、王のいる国ではその「あること」を放言する者は少く、欠点は口はばかられられた。王の中身がいかにすばらしいものであるかもまたよく知られていたので、その欠点を言うことは野暮で、物事を知らぬ浅薄として恥ずべきことであったのだ。そして、王の国では、民衆は、王の高貴ゆえお高いところが多少縁遠いと感じたとしても、王のことを愛していた。王は、南国では尊敬に値する存在であった。王は幸せの存在だったのだ。

そして王の名声を聞きつけた、遠く離れた日の本の国に、王は呼ばれていった。呼んだ者は王の威光を信じて疑わなかったし、遠い国であっても南国の王の名を知らぬ者はもはや少数派であるから、必ずや熱狂のうちに受け入れられるはずとの自信をもって、王を日出ずる国の民衆に紹介したのである。王は民衆の家々を訪問し、そこここで自分の中にある甘美を披露してやるつもりだったのである。

ところが、その極東の国に住む者達は、招聘者の目論見にたがい、どちらかというと奇異の目で、もっと言えば敬遠する否定的な冷ややかさで受け取られた。極東の民は大半が、王を遠巻きに眺めては、そのままその場を立ち去った。見た目があまりに慣れ親しめないものであったからかもしれない。例によって王が高貴のままにお高くとまっていたのが、価値を推し量った時に疑問に思われたのかもしれない。たからかに設けられたひな壇に王は鎮座し、民衆からの接触を期待していたが、民衆は必要以上に用心深かった。

王は辛抱強くその場にあり続けた。王はしっかりと自分の身を守る厳めしい鎧をまとってさえいれば、たいていのことや流れる多少の時間には、耐えられる性質だったのである。しかしまた、その厳めしさが民衆をおじけづかせているではないかとも思い始めていた。しかしながら王を招じ入れた者は、王のその外観よりも、王があまりにもお高いのではないかという方をまず心配し、少し気安い感じにしてみては、と工夫した。
何人かの民衆はそれで怖ず怖ずと王に手を伸ばし始めた。きっとその者達は、王の至福を享受することができただろうが、ひょっとしたら王に傷めつけられて、手痛い思いにこりごりだと思ってしまったかもしれない。しかし、王の中身を知ることの態様は、接した者だけが分かることなので、その真実は知れない。

そしてまた幾日かが経った。王の招聘者は、王に悪いと思ったのか、それとも「もう受け入れられないのでは致し方ない」と思ったのかは分からないが、王をひな壇から下ろすことにした。そして、もう少しお安い感じにして、民衆の接しやすいやり方で王の姿を見せることにした。
王は王で、固い鎧が民と触れ合うには邪魔になると悟り、ちらりと裾をめくって、外見と違って起伏のないなめらかな中身をそっと見せることにした。それは、時々、王のもといた国でも、謁見の機が熟した時には常にやってみせたことではあったが、王のいた南国ではそこまでせずとも民衆は王を受け入れてきたので、あまり人がたくさんいる前でそのまくり上げをする必要がなかった。が、中身を知ってもらわないことには受け入れられ終いだと、極東の地で、衆目にさらされる場所に及んで、王はそうしたのだ。

一人の男が、そんな王の前に歩み寄ってきた。男は、恐れを知らぬ男として、ちょっと知られた存在であった。男は、異者を見出した時、排斥よりもまずは好奇心をもってそのあり様を確かめてみようという、この国では珍しいタイプだった。そして、王がそんな接し安い立場で、しかも時期も時期というあられもない中身を晒した格好を見てすぐさま、王を家に連れ帰ることに決めたのである。
王は敬意をもって男に扱われて、男の家に向かうことになった。実は、男は王に接するのはこれが初めてではない。過去に異国の地で、何度か王を愛したことがあったのだ。

男は、王の価値を知っていた。王がどんなに生まれの国で愛されているか、尊敬されているかを知っていた。王の国に男が出かけていった何年か前、男は王に歓待され、男は王を愛した。そしてその時間を味わうことは、王を愛する資質のある者だけが得られる稀有な喜びであり、王が男のためにあるとすら思えたあの甘美の機会を逃すことなど、男には考えられなかった。よもや自分の住まいの近くで王に再開し、自分の家で味わうことができるチャンスがくるとは夢にも思って いなかったが、チャンスは必ずつかむ、男はそういう人間でもあった。

ところで、男にはパートナーがいた。王を連れ帰ることを決めた時、男には確定的な予感があった。たぶん、パートナーは王のことを受け入れることはできないだろうと。それでも、王を諦める気にはなれなかった。それは、孤独でほとんど顧みられることなく遠国でなさけない扱いをされている王を、救うことでもあった。パートナーが不敬にも王を嫌い・遠ざけようと、王は自分に喜びを与えてくれると知っていた。そして、そんな男のことをもパートナーはあきれながらも受け入れるはずだという確信があった。

男は、意を決して、まだ外出中で家に帰っていないパートナーに、王を連れ帰ることを連絡した。パートナーは、思ったとおりの困惑を表し、家に帰るのが困難になるとさえ言った。しかし、男はまた知っていた。そうは言っても、パートナーは帰ってくると。そして男の振る舞い次第では、パートナーもまた王に見入ることすらありえないことではないと。

かくして、男は王を連れ帰った。ほどなくして、男のパートナーが帰ってきた。家は、男とパートナーの2人暮らしであった。2人の城であるということは、つまり何者をどう扱うかは2人次第の所であるから、王とて2人の決定をを甘受すべき立場なのだった。つまり、場合によっては、王が辛辣な言葉を吐きかけられることすら、あり得る場所なのだ。
果たして、男が恐れていたことを、男のパートナーは、第一声として放ったのである。そう、王が自国においてさえ敬遠されるあの、「あること」を。

臭い!

王の美点と尊厳に鑑みて言ってはならぬそのこと、皆そうは思っているとはしても言ってはならぬそのタブー。しかしてこの遠い国では、緘口令はなきにも等しい。遠慮会釈なく、その讒言は大きく響いた。

臭い! 臭いよ! 部屋に入っただけで臭う!

ああ、王よ、そんな言葉を投げつけられても寡黙に佇む王よ、我がパートナーの非礼をお許し下さい。王をかばうように男は嘆き、それでも王とのセッションを待ちわびて、王を待たせたまま、まずはパートナーと夕食をすることにした。
夕食は男が作り、そこに珍奇な材料は一切入らず、王のことはまるで忘れてしまったかのように、男とパートナーは食事をした。王は、静かにその後ろで待っていた。

王。
王。

続く