コミットメントリング


癌の再発が分かって以来、鬱々と日々を過ごしていた。それは再発自体に対してよりも、放射線治療と抗がん剤の副作用を予告されてそれにうんざりというのが本質なのだが(『これからあなたの身に不具合と苦痛が起こります、そしてそれは長く続く可能性があります』と言われてそうならない人はいないだろう)、そんな俺を何とか勇気づけようと考えたパートナーじょにおが「リングをしようか」と言い出した。

これまでにも、リングをしようかという話が上がったことは幾度かあった。が、次の2つの点で、それは実行に至らなかった。まず、俺が装飾品としてのリングにあまり興味を持っていなかったこと。あるとお洒落かなと思ったことは時々あったが、そこにウン十万×2をかけるなら他にお金の使途があるのでは、と思っていた。次に、2人の関係性の体現としてのリングを身につけるなら、同性婚が日本で法制化した時に結婚の証としてするのを待ちたい、ということもある。

しかし、癌の再発があって、治療行為だけで完了するのに約7週間かかり、断続的に1週間×3回の入院が予定されている。コロナの蔓延を克服できていない現況下では、入院中の面会は禁止。その間は一人過ごさねばならない。そこで、俺のこのところの機微を読み取ったじょにおがある夜、ソファーで寛いでいる時に「リングをしようか」と。
言い出すと行動の早いのがじょにお。どんなのをしたいか、2人であれこれジュエラーのサイトを見て見当をつけ、翌日には来店予約のため伊勢丹新宿店のティファニーに電話をかけ、その次の日に2人で出向いた。

伊勢丹新宿店の時計/ジュエリーフロアーは、人もまばら。時節柄好都合だったが。ティファニーでは丁寧で気の利いた接客を受け、好印象。Tトゥルーの8mmとワイド(5.5mm)のリングで迷い、身につけてみたいので、在庫を取り寄せてもらい、1週間後に再来店することにした。他に見たのはヴァンクリーフ&アーペル、ブシュロン、ショーメ、シャネル、ブルガリ等。男で似合うリングというのは限られているなか、ブシュロンにも好感を持った。

1週間後。ティファニーに赴く前に、参考までにカルティエも見るが、やはりティファニーTトゥルーの構築的なデザインが気に入っていたので、予定通りティファニーで。ティファニーは、男性同士のコミットメントリングのコマーシャルで、同性カップルを広告に起用した高級ジュエラー初の所でもある。どのジュエラーの物にしようかと思った時、そのことも、購入の契機の一つになった。購入を決めて、これからずっとすることになる物で、それまで何度か話に上りながら、何年もしないでいたのが1週間で決まったのは、不思議な感じだ。

家に持ち帰り、せっかくなのでアンパックする前に写真を撮っておいた。
家に持ち帰り、せっかくなのでアンパックする前に写真を撮っておいた。
右の箱の中身はペアグラス。いただいた物。
右の箱の中身はペアグラス。いただいた物。
Tトゥルーの8mmリング。素材はローズゴールド。じょにおの物(右)の方が1号大きい。
Tトゥルーの8mmリング。素材はローズゴールド。じょにおの物(右)の方が1号大きい。

人によってはたかがリング、と思われるかもしれないが、やはり繋がりの徴表物として、身につけてみると感慨深い。何よりじょにおの心遣いには、感謝しきりだ。「辛いことがあるなら頑張って」と、こんなことをしてもらえる人は非常に少ないだろう。癌は不幸だが、それでも、こんな気遣いを受けて、コロナ禍でありながらすぐ先端の医療が受けられるこの身の境遇は、極めて恵まれている。明日から入院。頑張る。自分だけでなく、2人のよりよい将来のためのことなのだから。