嗚呼代替わりの物語


それは9月のある日のことでございました。苛烈な夏の陽射しが漸く穏やかになり始めたその日、わたくしは掃除をしようと、掃除機を取り出したのでございます。我が家の掃除機はダイソンDC22という、小型化前のもの。多少大ぶりながら、その他の会社の掃除機とはさほど大きさも変わらず、吸引力はダイソンの触れ込みどおりで、総合的に使い勝手には満足しておりました。さて、その日もおもむろに掃除のためにDC22のスイッチをオ……

くっさーーーーー!!!!!!!!

なんということでしょう。

排気が。排気が! 「普段の空気の300倍もきれい」とかいうコマーシャルがあったかと思い出されるのですが、その臭いたるや、「お前道着は最低限持って帰って洗えよ!」と申しましょうか、ホームレス集団デモがもしあったなら只中はそんな感じと申しましょうか、ガチムチを一週間着の身着のままで監禁したあとにパンツ(略)と申しましょうか、ともかくも大変なことになっていたのでございます。

突然、何故。折しも、じょにおは出張中でございました。あの腐臭、あの嗅いだ途端にもんどりうつような激臭を、いかに電話で縷縷説明しようとも、じょにおは「あ、そう? なんでだろうね。じゃあ掃除機買い換えましょうね」と、平らかに言うばかりだったのでございます。

しかしこれはもう買い換えるしかなかろうて。そう思いまして、インターネットで見ましたならば、ダイソンからは新製品DC36というものが出るではありませんか。さすればそれに買い換えよう、と思ったのですが、発売日が微妙。ページによっては10/17と書いてあるのです。うちの床はLDKが大理石、その他居室は木のフローリングゆえに発売まではなんとかフローリング掃除用シートでの掃除でしのいで、これに買い換えようと思いました。

が、買い換える前に、ひとつ、することがございました。あの臭いを必ずやじょにおにも実際に嗅がせて、この買い替えの必要性を体感してもらわねばならない。いえ、あの脳天へ抜ける衝撃はわたくしだけが体験すればよいものではない、じょにおの鼻にこそ到達せねばならない。わたくしは、じょにおの出張時、入れ替わりにインド出張をするための準備を進めながら、暗い決心を胸のうちにしたためたのでございます。

そしてインドから帰ってきた当日。16日ぶりの顔を見るやいなや、わたくしは、じょにおの手を取って、DC22のある部屋へ入って行きました。そして、じょにおに言いました。「いい? すごいよ」 じょにおに戸惑ういとまを与えず、わたくしはスイッチを入れました。ただ、密室でやってはあまりにじょにおが可哀想。わたくしの愛している人なのですから、そこはひとつ情けをかけて、私はスイッチを入れる前に、窓を開けておいてやりました。ブオン。DC22は、そのサイクロンをはたらかせました。そして、あの臭いがじょにおの鼻に届いたのです。

うわーーーーー!!!!!!!!

わたくしには、充分でございました。その一言が聞ければ、それでよろしかったのです。涙目になったじょにおがそこにおりました。そう、その表情。それが見られれば、それでよろしかったのです。傷つけたかったわけでも、苦しんでほしかったわけでもありません。そのライヴな人間としての表情、それがあればわたくしはまたじょにおを愛し続けることができる。それをわたくしは確かめたかったのでございます。

それから何週間か、わたくしは掃除をフローリング用掃除シートで済ませました。買うのは決まったにしても、まだ発売に至っているか、定かではありませんでしたので。そしてふと価格.comを見るに、もう新機種が発売されている店舗があるではありませんか。私はそこで、新機種を購入したのでございます。

従来のDC22(左)と新しいDC36(右)。
従来のDC22(左)と新しいDC36(右)。

DC36は、やってきてさっそく部屋を掃除し始めました。当然ながら厭な臭いもいたしません。コアセパレータ部分には新しく洗浄可能なフィルターがついていて、4年に1度洗えばよいとのこと。DC22にはアーム部にアタッチメントを取り付けられたのに、DC36には付けられず、細かい部分の掃除のために持ち歩かねばならないことに多少不便を感じますが、その代わりたくさんのアタッチメントが標準でついてきます。これから先、しばらくはこれでやっていきます。また突然、あの臭いのカタストロフが突然やってきたらどうしようとも思いながら。