いないわけじゃない


今勤めている会社はコンプライアンスやら何やらが行き届いている。セクハラについても当然防止規定があるが、規定の有無に関わらず、セクハラ事例を見聞きしない。そもそも仕事自体がそれぞれ忙しく、仕事以外の話を仕事時間中にしたりすることがないというのが実情だ。あからさまな性的言動はもちろん、未婚・非婚やパートナーについてもまったく話がなく、本人が自分のことについて話を持ち出さない限り、聞き出されたりすることはない。機微な話は回避されるのだ。そんなわけで、ついぞ自分がゲイであることを公言する機会を逸したまま現在に至り、今の部署に異動する時に、せいぜい「結婚していないパートナーと同居している」という言い方をしているにとどまる。しかもそれはほんの数人しか知らない。カムアウトしようにも、「カムアウトしたから何?」という、そもそもフィールドが違いすぎる状況のところにいるのだ。

そんな、そもそもの素地がなく、問題も存在しないところで、この前セクハラ防止規定が改定された。その内容を社内に周知させる機会に関与していたので、見たところ、たたき台になる案に「性的な嗜好などによって人事管理の差別的取り扱い」云々、と書かれていた。これはゲイやレズビアンに対する理解において、よくある、しかし、根本的な誤解に基づいた誤りで、もちろん正しくは「性的指向」である。性的な嗜好(fetish)と、性的指向(sexual orientation)は、まったく意味が違うし、ゲイやレズビアンであることは、より好みして選ぶものではない。そこで、社内周知の際に、申し入れて、そこを是正した。その規定の保護はLGBTなどの性的少数者であり、性的な嗜好と性的指向は大きく違うと指摘し、「性的指向」とすることの提案を受け入れさせて、そう告知したのだが、たかが一語であっても、そこには無関心と誤解が根底にあることが知れる。あらためてゲイに対する世間一般の理解はまだまだ遅れているのだなと実感した出来事だった。

まあそんなわけで正しい形で性的指向の一語を入れたのは、会社でゲイに関することを目にする稀な機会だったのだが、それが役に立つことはあまりないだろう。何故なら、コンプライアンスやら何やらが行き届いているということに加えて、ゲイやレズビアン自体が少ないだろうから。少なくとも分かりやすいのなんて、洗面所に行って鏡でも見ない限り見かけない。(笑)そうするとこれは「他にいるはずのLGBTや、ストレートの人達に正しい理解をさせるため」と思ってやっていたが、実際は自分の身を守るためだったのか。

ところでこのところ、ゲイをめぐってはスキャンダラスな三面記事的事件が多くある。某演歌歌手が写真週刊誌に同性との付き合いをスクープされていたり、秋葉原のビデオボックスで無修正ビデオを放映したとかで経営者が逮捕されたり、男子中学生に現金を渡してビデオを撮影して逮捕された男が他にも100本超の盗撮ビデオを持っていることが明るみに出たり。
演歌歌手の件は、ゲイの間では今更感満載なのだが、単純に考えて、ゲイでなくても秘密にしておきたかった私生活上の交際をすっぱ抜かれるのは、やられていい気持ちはしないだろう。
無修正ビデオ放映の件は、これもはっきり言って今更。インターネットで世界中の情報を手に入れられる昨今、無修正のものなど見たことがない方が、もはやレアケース。猥褻物頒布だの陳列だのが有名無実化している中わざわざ検挙したのは、せいぜい風俗業の正常運営化に取り組んでいますという警察のアピールにしか見えない。(今年2月に上野・湯島地区では風俗の一斉取り締まりが実施された。ちなみにその時には韓国人を雇っていた同性向けのマッサージ店が出入国管理法違反で検挙されている。)
男子中学生のビデオ撮影は、児童ポルノを撮影し、買春し、盗撮しという3点セットでもってさすがにいただけないが、この種の事件は対象が女児である件は、枚挙にいとまがない。
そしていずれのケースもマスコミでの取り上げられ方は、対象が同性であったということに対する好奇の目が主眼になっている。

どうやら日本ではゲイやレズビアンは、世間的にはまだまだ、「聞いたことはあるけれども自分の身の回りにはいない」「特殊な」「趣味の」人達という扱いだ。自分もこれではいないことにさせられている気さえしてくるが、そういう点では、会社規定の是正の一件は、「そんな人達はいない」という無関心を改させて、存在に少し注意を払わせることに寄与したか。小さな小さな一件ではあるが。<>