さよならモンちゃん


今朝、出勤で家を出る時のことだ。いつものように身支度して、雨の月曜日は気分も重いなあと思いながら出かけようとしたら、玄関ドアの様子が何だか違う。「ん?」と見たら、モンちゃんがいないではないか! 玄関で見送るじょにおに「モンちゃんがいない!」と言うと、「モンちゃんは死にました…。」との答え。「え~!?」と驚いたものの、時間もなく、ドアを閉めて家を出たのだが……。

モンちゃんとは、玄関ドアの覗き窓を覆うように磁石で貼ってあった、サルのぬいぐるみである。正式名をモン次郎と言った。レンズのはめられた覗き窓は、玄関内に灯りがともると在・不在がその明るさで知れるので、モンちゃんはそのガード役として、両手の先についた磁石でドアに張り付いてそれをふさいでいた。しかし、俺はぬいぐるみとかキャラクターものとか、そういったファンシーな物は身の回りに置きたくない主義。うちで唯一インテリアにマッチしないそれが何故あるのか、うちに来たことのある人で不思議に思った人もいたのではないか。
じょにおもそうファンシーな物を嗜好することはないのだが、モンちゃんはじょにおの連れ子で、(笑)じょにおが一人暮らしをしていた旧居から一緒に越してきて、玄関にいたのだ。確か人からのもらい物か何かだったのだと思う。俺が引っ越して間もない頃、一度、「うーん。これ、置いとくの?」と言ったら、じょにおが「じゃあ、捨てます…」とすごく悲しそうな顔をするので、いやいやいいよと、置いておいた。1つくらいインテリアにそぐわない物を置いておいて敢えて隙がある感じにしておいてもいいかと見ているうちに、何となく見慣れてもくるもので、モンちゃんはそのまま玄関で、外来者の視線から我々を守り続けた。もっとも、うちのマンションは共通の玄関がオートロックで、最上階には共有廊下を隔てて隣りとうちの2戸しかなく、しかも入った玄関スペースは居室とはドアで隔たっていて、そこの灯りがついて在室が外に知れるのはそこを通るほんの僅かな時間だけなので、いつも玄関ドアの覗き窓にぶら下がり続けているモンちゃんの頑張りがどの程度実際役に立っていたのかは分からないが…。

週末、金曜日の夜だったか、たまたま何かの番組で風水について、玄関に置いておくとよくない物だか何だかをやっていた。ぬいぐるみや人形は、玄関に置いておくとよくないのだそうだ。特に風水を信じる気はないのだが、「風水的にはそうなんだってさー」などと、何の気なしにじょにおに声をかけた。洗い物をしていたじょにおは「へー、そうなんだ」と受け答えした後で、「じゃあモンちゃんは…」と言うので、俺は慌てて、「いやいや、モンちゃんはそのままでいいよ」と言った。そして実際、土曜日にはモンちゃんはそのままいたし、日曜日に夕飯の買い物を終えて帰ってきた時も、確かにいたと思う。

いつモンちゃんが処分されたのか、分からない。こうしてこのことを記していて、そういえばと思い返すと、毎日目にしていた存在だったのに、モンちゃんは写真さえなかった。じょにおが何故このタイミングでモンちゃんをお役御免にしようと思ったのか、モンちゃんを処分する時にどんな気持ちでそうしたのかも、分からない。ただ、今朝、モンちゃんは忽然と姿を消していた。

そのいなくなった顛末を追求することも許されない朝の慌ただしさに紛れて、いつもどおり電車に乗って会社に着き、いつもの生活が始まる。オフィスではそれぞれの人がひたすらキーボードを打つ音やマウスのクリック音がするばかりで、今日は何だか、いつもよりも静かな気がする。オフィスで曇った窓ガラスの向こうを見やったら、雨は雪に変わっていて、白く冷たく降りしきり、辺りを覆い隠していた。もう、3月だというのに。