美術展2つ ルーシー・リー展とオルセー美術館展


先週の日曜日・そして今日、2週続けて美術展に行ってきた。会場はいずれも国立新美術館。黒川紀章の設計によるあの建物は、どうも好きになれず、これは見ているうちに慣れるしかないなと思っていた。だいぶ目は慣れてきたが、これがこなれた建物であるとはとても思えず、やはり好きになれない。第一、美術品を収蔵する場所なのに、永続性が考えられているとは思えない。この建物が数世紀に渡ってもってくれるとは、誰も考えないだろう。何だか建物が美術品に対して敬意をはらっていない=美術品を大切にしまって披露し、保管し続ける責任ある設備であることを放棄していること=が、いつまでたっても気になる。

国立新美術館
国立新美術館

さて、そんな入れ物ではあるのだが、まず先週見たのはルーシー・リー展。名前の似ている、ゲイの大好きなフルスロットルのあの女優ではなく、イギリスの陶芸家である。イギリスの、といっても、彼女はオーストリアの出身で、後に渡英し、イギリスで活躍することになった人だ。陶芸家の作品展示という地味なものなので、一緒に行ける人を募ってみたが、行けそうな人がいなかったので、1人で行ってきた。

ルーシー・リーはだいぶ前にNHKの『日曜美術館』で特集されていて、興味を持った。グラフィカルでありながらぬくもりのある陶器は、いずれも生活のなかで使える現実的な形をしていて、機会があれば本物を見てみてみたいと思っていたのだ。展示場には、陶器の他にも彼女が制作について交わした書簡や、使用した釉薬の配合を記したノートなども展示されていた。陶芸というと、何か偶然に頼った産物のような印象があるかもしれないが(自分も少なからずそう思っていた)、その釉薬ノートを見ると、実に精妙な科学的計算と、累積に基づく理知的な産物が陶芸家の作品であることが分かり、実に興味深かった。そして、上にも述べたように、美をもたらした先が「使える」器であるというのも、興味深かった。しかし、彼女は自分の器が麗々しく強化ガラスに入れられて眺められることをよしとしただろうか? そんな疑問もあった。作品の中には、ウェッジウッド社のジャスパーウェアーのための習作もあり、結局それは商品化されなかったが、もし商品化されていたらどんなにかよかっただろうと思う。この展示会は、大変面白かった。

展示会図録を買ってきた。展示会に行けなかったパートナーじょにおのお土産用。
展示会図録を買ってきた。展示会に行けなかったパートナーじょにおのお土産用。

そして今日は、オルセー美術館展に行ってきた。上記のルーシー・リー展はじょにおがもらってきた招待状で行ったのだが、じょにおは仕事の都合で日程が合わずに行けなかった。今日のオルセー美術館展は、これまたじょにおが持っていた招待状があり、じょにおも休みだったので、2人で行くことにした。

オルセー美術館展のサイトのスクリーンショット。© 2009-2010 オルセー美術館展2010
オルセー美術館展のサイトのスクリーンショット。© 2009-2010 オルセー美術館展2010

この美術展は宣伝が派手で、6月10日には入場者が10万人を超えたとかで人気の模様だったが、入ってみて思ったのは、目玉作品以外はそう見ごたえのある作品もあまりなく、印象がぼやけている感じがした。「ポスト印象派」が展示テーマではあったが、そのテーマに沿った作品が、アーティストの膨大な作品の中からサンプリングのようにぽろぽろ展示されている感じで、散発的な印象。(ゴーギャン、ゴッホ、スーラなど)それに加えて、作品解説もあまりなく、ただ借りてきて壁にかけました、というだけのレベルなのが、一層消化不良な展示会という印象を強めていて、素晴らしい作品もあったのに、セレクションと展示の仕方で何だか「オルセー美術館」の名を大々的にアピールするのは羊頭狗肉なのでは、と感じさせかねないのが残念ではあった。

それでも、やはり素晴らしい作品は素晴らしいのであって、そこに見る目を集中すれば、見る価値はある。これをきっかけにして、より充実した作品を見る手がかりにすればいいのかもしれない。展示作品の中で、個人的にはアンリ・ルソーの『蛇使いの女』が印象深かった。大きな作品で、ファンタジックな世界に引き込まれるような印象。

来月には、やはりここで開かれるマン・レイ展に行く予定。<>