薬のにおい


この前、友人と人付き合いについて話していた時のことだ。共通の知り合い(仮にHとする)の話が出た。Hは、人なつこい感じの、笑うと目尻の下がる、くりくりした坊主頭の男で、俺も友人もそんなに密に交際していた訳ではなかったが、感じのよいキュートな子という認識では一致していて、食事をしたこともあったし、たまにどこかで出くわすと会話をする間柄だった。

それが変わってしまったと感じられるようになったのは、2年ほど前からだったろうか。時々クラブに行っていると聞いていたので、たまには俺もクラブに出かけてみるかと思った時に幾度か誘ってみたが、Hが何となく接触を好まない様子だったので、連絡も遠のいた。Hには同居のパートナーがいて、Hの様子をそれとなく聞いてみると、大体家に引きこもっていて、クラブ明けにはアフターパーティーにも行った後、一日寝ているのだと言う。ドラッグかな、と、ふと思った。

クラブでは、ファッションや音の好み以外にも、明確に分かれる層がある。それは、ドラッグユーザー達と、それ以外だ。ドラッグユーザー達は、自分達と同類であるかどうかを、鋭く見分ける。そして、バカ騒ぎをしているかに見えて、実に注意深く密かにコミュニティーを形成し、自分達と同じコードを持たない人から、そっと遠ざかる。そうして無用な摩擦を避け、自分達の聖域を護るのだ。

Hから俺がドラッグというコードで遠ざけられたのかどうか。もちろんそんなことはHから口外されたことでもないので、確証はない。しかし、シチュエーションから感じられるものは、その匂いだった。今まで、薬に身をやつしてきた人を何人か見てきたが、その婉曲にして確実な閉ざされ方、行動パターン、人付き合いの変化、それらはまさに、ドラッグユーザーのそれなのだと思う。

Hは、前に住んでいた所からそう遠くない所に住んでいたが、普段行っているジムも違ったし、俺が今の家に引っ越したことで、心理的のみならず物理的にも遠くなり、俺はHのことを思い浮かべることも、ほとんどなくなっていたところで、友人の口から不意にHのことが出た。(Hは)「ちょっと変わったね。」と友人は言った。街なかで偶然出くわして、声をかけたら、別にそこではごく普通の有様だったのに、何かバツの悪いところを見られた、とでもいうような表情をして、友人との会話もはずまなかったのだとか。前の明るく健康的だった笑顔を浮かべることもなく、人を避けているようにも見えた、と言う。そして、それを聞いた俺が「あれかな」とうっすら考えていることを見透かして浮き彫りにするかのように、友人は言った。

「ドラッグじゃないかなあ」

友人は感の鋭いタイプだし、体裁を取り繕うような仲でもなく、ましてや俺自身が隠し立てしていることでもないので、Hの行動の変化について友人にしゃべると、納得したようだ。

あくまでこれは、俺と友人が想像することで、Hはそういう境遇にないかもしれない。しかし、何となく漂ってくるのだ。あの、コントロールできているようで誰もコントロールに成功したことのない、ずぶりとしたドラッグの負に引きずられて生気をなくすのと引き換えに持ってくる、諦観を伴った虚無と苦しみのにおいが。<>