何とか力(ナントカリョク)


近頃やたら使われるあの複合語、何とか力(ナントカリョク)。言い回しに違和感を感じる言葉がたくさんある。それに対して、見かける度に、「いちいち物事を『できる・できない』とかその度合いで測るんじゃない!」と、ひとり憤っている。

この「××力」というもの、「××」がはたして能力で測れるべきものかどうかというところに、その造語が許せると感じるかどうかのキーがある。「人間力」「文化力」などというのは、曖昧模糊とした概念で、その構成要素の「人間」や「文化」が力や能力といったベクトル上に分布するものかどうか怪しい。だから、言葉として気持ちが悪いのだ。そういった明確な規範を持たないまま、無理やり結合した言葉は、自然でなく、その存在は言語の健康をおびやかす。ちょうど、マーガリンのようなものだ。取り入れることを気にしない人は気にしないが、成り立ちや取り入れた結果を考える人は敬遠すべきもの。(マーガリンは常温で液体である植物油脂を、水素結合によって無理やり固化させている。その結果生じるトランス脂肪酸を多量に摂取すると、ガンや心臓病を誘発すると言われる)

そして濫造された結果、様々な「何とか力」が溢れかえっている。恋愛力、調理力、女優力、地域力、結婚力、…。「定年力」「雑談力」「神奈川力」などになってくると、もはや意味不明。

今、スキルだのパワーだの、そういうことだけで人間を測って判断しようとする向きが非常に強いが、こういった言葉はそういった片面的で狭量な人間の見方を増長するものとして、美しくないと思う。人間には「できる」「できない」だけでないものがあるからこそ、人間としての価値があるものなのだ。<>