イケていない車内の光景とジムでの再会


新居に引っ越して以降、生活環境がすっかり平和になった。前まで平和でなかったかというと、何だかんだ言ってゲイがそこここにいる所に暮らしているのは、今に比べると全然平和ではなかったと思う。周りにゲイがいてざわざわしていることを、自分の中で「カマびすしい」と呼んでいるのだが、まあ中野に住んでいて中央線など使っていたときには、カマびすしいことこのうえなかった。

それが新居に引っ越すと、他のゲイなどあたか も存在しないかのようで、そのうちガラパゴス島の生物のように独自の進化を遂げさえするんではなかろうかという感じだ。もしくはタスマニア島のように生存競争相手や天敵がいない環境で暮らしぶりがのほほんとしすぎて、急な外敵の来襲に遭ってあっけなく弱るとか。

ところで、新居や住んでいるマンションや居室自体は概ね快適なのだが、どうにも毎日げんなりすることがある。それは、西武新宿線の乗客層のイケていない度合いだ。中央線の乗客層がイケているかというと、決してイケていると断言は出来ないにしても、都心を貫く交通機関だけに、均して見ると、ダサくは ないと思う。それが、西武新宿線に乗ると、やっぱり確実に数段落ちる感じなのだ。パンクファッションの失敗作のような女とか、ダブルの「背広」でプリント 柄のネクタイにポーチの男とか、脱色した髪の毛が伸びて根元が黒くなった所謂プリンの髪型の女とか、いかにも垢抜けない織り柄ストライプのくたびれたスーツの男とか……。毎朝同じ場所に乗り合わせる白髪のサラリーマンとおぼしき格好のオジサンは、スーツなのに何故か頭に青のバンダナを巻いている。フォーク /ヒッピー時代を捨てきれないのか。昨日帰りの電車で間近にいた初老の女は、マジックで書いたのかと思うような顔の皺が刻まれていて悲惨。美容整形のバラエティ番組で素材にされそうなレベル。

で、何故そうなるのかを考えるに。

JR沿線は都心にアクセスがよく、地価が高い→収入がある程度の人が集まる→当然その人達は都心志向で生活スタイルも都会のスタイル→格好はそれなり。

対して、西武新宿線は収入の面からローカル線や埼玉を居住域に選択した人が多い→都会で収入が今一歩ということは情報社会での取捨選択能力のレベ ル(=センスに関連)が落ちるがゆえのこと→収入・センスの両面で格好のクオリティが落ちるし、情報社会での取捨選択能力のレベルがいまひとつということ は賢い顔をしているかどうかというとやはりその点でのレベルもいまひとつ、となるのだ。

で、新居に育ち新居を愛しているじょにおに、西武新宿線のことを言うと怒られるかな、と思いつつも、恐る恐る「ねえ、西武新宿線ってさあ…」と話しを持ちかけると、「ああ、イケてないでしょう」と言下に。どうやら新居は愛しているが、西武新宿線はさして愛していないらしい。

JOE:「な~んか乗ってる人達がいまひとつなんだよねえ」
じょにお:「ダサいですよね。○○○駅(西武新宿線)の辺に住んでる知り合いのゲイがいるんですけど、それが嫌で、バスで中央線の駅まで出て通勤してるんです」
J:「え~……」
じょ:「JOEさんもそうしますか?」
J:「いや、そこまでしなくてもいいんだけど…。でもその気持ちは分かる気がする」

正直、自分の美的観点からして許せない、と思う瞬間はあるのだが、駅ビルまで1ブロックの所に住みながらわざわざ他の沿線に行ってまでする気はなく、しかし毎日「ああ、西武線だな」と思うのである。

◇ ◇ ◇

さて、新居に引っ越して以来の変化といえば、中野のジムに行かなくなり、会社の帰りに原宿のジムに通うようになった。原宿のジム内は3フロアに分かれてい て、エレベーターで移動するようになっているのだが、ある日のこと、ワークアウトウェアに着替えてエレベーターに乗ったところで、乗り合わせた人が俺を見て驚いた顔をした。別に俺が珍奇な格好をしていたとか、iPodを聴きながらエレベーターで踊りまくっていたとかではなく(独りきりでエレベーターに乗ったときには、たまに踊ってはいる 笑)、しばらくぶりに顔を合わせた人だったのだ。

そのしばらくぶりというのが、本当にしばらくで、俺は学生時代に下北沢のティップネスに通っていたことがあったのだが、その時顔を合わせていた人だったのだ。ということは、約20年ぶりということになる。因みにその人はもちろん男性。俺よりいくつか年上だ(と思う)が、体型を今も保っていて、顔の 印象もそのまま。髪型もさほど流行に左右されるような髪型ではなく、普通の長さなので、印象は当時のままだった。

なので、「分かる?」と言われて、すぐに 面識があった人だとは分かったが、20年も前のことだったので「何の繫がりだったっけ…? 体の繋がりだっけ?」と必死に脳内検索をガリガリやっていたら、その人に「下北沢のティップネスで…」と言われて、ああそうだったと思い出した。正直、名前は忘れてしまった。ひょっとしたら当時から、ジムで顔を合わせると話はしたが、自己紹介をし合うまでの間柄ではなくて、名乗り合ってはいなかったかもしれない。

となると、この再会で「この人とはセックスしたことがあったっけな?」と思い出そうとして思い出せなかったのはそこまでの知り合いでなかったということだ。まあ、名前も知らないがセックスするということだって世の中ままあることだが。以来、度々その人とジムで会って、この間も帰り際ロッカールームで一緒になったのだが、日焼け跡がくっきりついた白い尻を見て、「ああ、こういう体だったな、この人」とあらためて思い出しはした。しかし、やっぱりセックスはしていないと思う。

それにしても20年間も体型を維持しているのは、世の中では大変稀有なことなのだろうと思う。大抵、昔ちょっとときめいたマッチョ兄貴はガチムチに成り下がってしまって見るも憐れだったり、きれいな体つきをしていた人もぽっこりお腹が出たオジサン体型になってしまったり、あるいはショボンとやせ細った魅力のない体型になっしまうものだが、この人は相変わらずバランスのよい体をしていた。ジムのロッカーは、使用する場所が何となく癖でいつも同じ場所を使うものだが、この人が使っている所もたまたま近くで、開け放たれたロッカーの内部をふと見やると、Biotherm Hommeのボトルが並んでいた。さすが。