BMW M440i xDrive グランクーペ納車


ピュアガソリンエンジン車に乗る意義

M440iを選んでおいて何だが、俺は何が何でもICEがよくて電動化自体を否定という訳ではなく、ただEVは避けたかった。充電設備のないマンションの駐車区画を使っているし、遠出の時を考えると未だ充電インフラも充分には整わず、急速充電でも給油時間より遥かに時間がかかるので、少なくとも自分の用途では乗るに適していないからだ。ただ、MHEVやPHVでも、システムさえちゃんとしていればそれでいい。実際、MHEVのアウディS5も検討した訳だし。

なので、搭載のB58エンジンの吹け上がりの良さには試乗時に感心したし、音も良質だとは思ったが、ブン回してそれを堪能したいという気はさほど起きず、快適で速ければそれでいいと思っている。贅沢とはそういうものだろう。

この車に乗ることの私的な意義

ところで、極私的な感想として、今回この車になったのは一つ大きな区切りだなと思うことがある。それは、最高出力が255PSを大きく超えたということだ。その中途半端な数字は何かというと、初代シーマの馬力だ。

昔、俺の学生時代、とある年の夏休みに親と別荘で待ち合わせた時のことだ。当時俺は東京で一人暮らしをしていて、大阪に住んでいた両親は長野の別荘に車で行くので、そこで待ち合わせて夏休みを過ごすことになっていた。行く前に「車を買い替えた」とは聞いていて、何にしたのかと思っていたら、駐車場に停まっていたのは、シーマだった。買い換える車の候補としては他の輸入車を勧めていたので、シーマを見て実は内心がっかりした。

初代シーマ。父が乗っていたのはグロリアシーマ。
初代シーマ。父が乗っていたのはグロリアシーマ。

それでもシーマは当時のステータスシンボルで、帰省時に時々借りて乗っていたら、周囲からは「学生がシーマ⁈」と驚かれたものだ。そこから下降線を辿る父の人生においてシーマは結局ピークとなったのだが、その3リッターV6ターボエンジンのスペックは強く頭に焼き付いた。そして、俺が将来その数字を超えた車に乗ることは、確執があった権威主義の父に対するカウンターとなり溜飲を下げるものとなると思っていた。

そして今回このM440iの3リッターツインスクロールターボエンジン(ツインターボではない)で、35年を経てそれは実現された。これは一つ自分の過去の蟠りを解消する出来事として、エピックだ。体感は馬力じゃなくてトルクだ、と前ページで言っておいて何だが、馬力数というのはやはり車においては大きな意義を持つものだ。

さて、スペックやら心情的背景やらは置いておいて、せっかく来たこの車を、これから楽しんで乗ることにしよう。