早寝したら未明に目が覚めて、変なことを思い出した。そういや「17年目のジンクス」を知らぬ間に乗り切ったなと。少し前の日記に記したように、パートナーと俺は17周年を迎えて、18年目を生きている。
17年目のジンクスというのは、仲が良いと思っていたゲイのカップルが17年目に突如別れるのを指す。これまでに友人知人の例を見聞きしていて、その度に「そんなに長く一緒にいたのに?」とか、「安定しきっていると思っていたのに!」などと驚くと同時に、17年目に何があるのだろうと思っていた。
そりゃあ17年も連れ添っていれば、もうそこで離れられはしないという絆もできれば、絆というよりはしがらみや惰性で別れるきっかけを失ったので、別れることに労力を割くこともない結果として一緒にいるカップルもいることだろう。
その一方で、積年感じていた「違う」という感覚が溜まってき、17年して、ある時「コップから水が溢れる最後の一滴」となるのかもしれない。あるいは、ずっと我慢してきたがこれからを考えるに、point of no returnは今、ここで別れておかないともうこの我慢=苦痛は永劫になってしまう、と、切り離し時を踏み切る年月がちょうど17年なのかもしれない。
Fのケース
友人Fは、別れた原因として、相手の偏屈さに耐えられなくなった、と言っていた。確かに、Fの付き合っていたSのことは、Fとの付き合い始めの頃から知っていたが、ちょっと扱いにくさを感じる人ではあった。Sは親しい間柄の人にも、ふとした時に何かしら皮肉やら当て擦りを言う傾向があったのだ。頭はいい人だったが。実際、俺も何度かそのSの言動に当てられたことはあったので、それを聞いて「あああれかな」と想像に難くなかった。Sは自分の強固な信念を持っていて、しかしそれを話の相手に伝える時に少し捻る言い方をする時がたびたびあった。
その一方で、実家住まいのSの家にFは繁く出入りしているどころか寝泊まりさえしていて、Sの家族公認の仲でもあった。なので、「あそこが別れることはないな」と思っていた。が、別れた。
別れてFがそれからどうしたかというと、ここから先はFと俺の共通の知り合いDから聞いた話なのだが、それまで都内にマンションの一室を購入して一人暮らしをしていたFは、マンションを売り払うことはせず、物件管理を兼ねてDをそこに住まわせて、隣県のFの実家に帰ったのだという。そこは、東京隣県とはいえ、環境的に結構な田舎で、都内に限らず外国のクラブにもしょっちゅう遊びに行っていたりして華々しい生活をしていたFがそこで耐えられるのだろうかと思ったが、D曰く、Fは両親にもカムアウトしたうえで小ぢんまり暮らしていると。
Fのその話をDから聞いたのは、もう15年以上も前の話だ。となると、17年目で別れた話が15年以上前ということは、FとSは今からトータル30年超も前にFとSは付き合い始めたことになる。Fと俺は学生時代に知り合い、そのほんの少し前からFとSは付き合い始めたので、そんなタイムラインとなる訳だ。
FがSと別れて実家に引っ込んだ何年も前から、俺とFとは、クラブで会えば親しく話すが、普段は連絡を取り合わなくなり、そのうち連絡先も失ってしまって(長年の間に電話→メール→SNS等と連絡手段のプラットフォームの変遷があるなか、プラットフォームが切り替わると新しい連絡手段を交換しないままになることはままある)、Fとは直接連絡が取れなくなった。Dとは街で偶然行き合った際に立ち話でそんなことを聞いただけで、Dの連絡先も知らず、さらに年月が経って今に至る。が、FとSの別れは衝撃的で、17年という数字は、俺の頭に強く焼きついた。
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こんにちは。
18年目、おめでとうございます。
「17年目のジンクス」ってはじめて知りました。Joeさんのところは全く心配ないかと。傍から見ててもお二人の関係や家族とのつきあいも理想形と思ってます。うちのお手本かと。
うちは5年目。まだまだ17年目は先ですが、12年後にはたして僕が生存してるのか?生きててもパートナーと一緒に過ごしてるのか?と考えますね。今は何も問題なく2人で生活してますが、僕の自由気ままな性格にパートナーが愛想つかさなければ大丈夫かなと思ってます。
またいろいろ教えてください。大先輩!
色々この先のことは考えるよね。17年目のジンクスってのは勝手に言った私的経験則なんどけど、他にも「17年も連れ添ってて別れるなんてね」ってケースを聞いたことがあり。大丈夫、老い先短い可能性を心配してる人ほど長生きするから。(笑)しかし、二人ともパートナーがどう生きていくかってのは気にかけるところではあるよね。