3日目 嚴島神社→大阪へ
嚴島神社と宮島
翌日は完全な観光。タクシーをチャーターしておいて、朝ホテルに迎えに来てもらい、宮島の嚴島神社へ。フェリー乗車初体験。(下記の動画は多少速度を速めている)
午前10時までは嚴島神社の入口までタクシー進入可とのことで、入口付近までつけてもらって楽ちん。チケットを買って中へ。三連休明けの平日なのに結構な人だった。

この日、神社では結婚式が行われていて、厳かで雅な笙の響きが鳴り渡っていた。そこは格式高いのだが、独特の作りで海に面しているせいか、ここは他の神社に比べて開放的な感じがする。そして、海中の鳥居へ近づいてみると、鳥居の柱が整形された円柱形でなく、木の形そのままであることに気づく。この後、宮島歴史民俗資料館で知ったのだが、この鳥居を作るための巨木を探すのには20年を費やしたそうだ。


チャータータクシーの待ち合わせ時間までまだ少しあったので、この周辺を歩き、ふと目に留まった宮島歴史民俗資料館に入った。江戸時代後期から明治にかけて醤油の醸造を営んだ豪商江上(えがみ)家の保存家屋を資料館にしたもので、当時の生活の様子を知れる他、嚴島神社と平清盛の関係展示もあった。
資料館を出た後は、神社前の商店街をうろうろし、買食い。ここ宮島が名物の発祥というもみじ饅頭やら、もう一つの名物のあなごめしをスティックにした物等。今年は牡蠣が壊滅的だそうで、焼き牡蠣等はやっていない所も散見された。

この後はタクシーに乗り込み、またフェリーで本州へ戻り、そのまま広島駅へ向かった。宮島では食べなかったあなごめし、そして牡蠣フライを昼食に。

そして新幹線に乗り、大阪へ。
大阪 友人宅訪問と食事・旧友との飲み
広島から新大阪まではすぐだった。大阪での目的の一つは、極最近、マンション居室をリフォームした友人と会い、お宅を見せてもらうことと、一緒にご飯を食べること。まずはホテル阪急インターナショナルにチェックイン。


こちらもクラブフロアで、眺望良し。大阪に来るのは10数年ぶりなのだが、たくさんビルが立ち並んで景観が変化していた。荷物を置いて落ち着いてから、ここから少し歩いたタワーマンションの友人宅を訪問。写真は撮らなかったが、部屋を一旦スケルトンにしてフルリノベしたお宅は贅沢な空間使い。本人は「仮住まいへ引っ越して、そこからまた帰ってくるのが大変すぎて、もうリフォームはやらない」と言っていたが。
一旦辞去してホテルのクラブラウンジへ行き、例によって一杯。

ヒルトン広島のクラブラウンジで提供されていたのは無名のスパークリングワインだったのに対し、ホテル阪急インターナショナルではLaurent Perrier La Cuvéeで、ちゃんとしていた。その辺りは格の違いを感じる。(ヒルトン広島は4つ星、ホテル阪急インターナショナルは5つ星)
晩ご飯は友人のパートナーも合流して、4人で。うちのパートナーのリクエストにてお好み焼きを。

写真で見ると何ということはないように思うが、やはり本場は違う。なぜ大阪でできて東京でこれができる所がほとんどないのか、と思いつつ堪能。
食事の後は、友人の車を見せてもらった。友人はもう20年以上BMWを乗り継いでいて、うちの車も次はBMWということで。豪華な仕様だった。

そして夜、友人霧彦と落ち合ってバーへ。実は前回大阪に来たのは、霧彦に声を掛けられてイベントに出た時だった。もう15年以上前だ。お互い、SNSで動静は知っているので、まるで違ってしまっていてということはないが、顔を合わせてからもうそんなになるのかという驚きはある。
そして向かったのは、堂山のバー。やはり同じ時期(そのイベントよりは更に数年は遡る)、関西を代表するゴーゴーとして活躍していたイチ君のバー『Relax』に赴いた。当時はお互い顔を見知ってはいても交流してはいなかった。楽しく飲んで、せっかくだからと3ショットを撮った。

当時を知る人からしたら、このショットは驚くのではないか。色んな意味で。
終電で帰る霧彦と別れ、俺とパートナーはホテルへ帰還。平日の遅い時間に呼び出しに応じてくれ、久々に会って快く接してくれた霧彦には本当に感謝。
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4日目 帰京とノアノア引取り
翌朝の朝食はホテル内の和食レストラン『京懐石 美濃吉 竹茂楼』で。

食べてしばらくしてチェックアウト。

昼過ぎには東京に帰ってきた。帰りの新幹線はまあまあな混み具合。それでも、某クソボケ首相に対抗しての日本ボイコットにより、中国人観光客は激減していた。
夕方、ワンラブさんに赴き、ノアノアを引き取ってきた。迎え前にシャンプーと爪切りをお願いしておいた。
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エピローグ 旅を終えて
今回、広島で原爆関連施設を巡ったのは、やっと宿題を終えたという気持ちだ。ここには、全人類が来なければならない。動画や写真で見知った気になってはいけない。否、ここを一度訪れたからといって知った気になってもいけないのだが。このところ、まるで第二次大戦前のようなきな臭さ、そして反知性主義、世の中が捻じ曲げられていく空気がある。だからこそ、多くの人が起こった現実に目を向け、史実を知り、引き継いでいかねばという思いをあらためて噛みしめた。
この旅では、訪れるべき場所について、色々な人から貴重な情報を得て、大変助かった。人の厚意で行動の可能性が広がるというのは、本当にありがたい。自分も人によくすることを心がけたいと思う。
そして、いつもながら俺のわがままに辛抱強く付き合い、旅を充実したものにしてくれたパートナーに感謝。行動と知見の可能性を広げてくれるパートナーがいることは、俺にとって何よりの宝物だ。
