音楽レビュー Kenny Lattimore


Chanté Mooreとのデュエットアルバムはこちらのページを参照

Vulnerable (2017)


(★★★★★ 星5つ)




本作はKenny Lattimore自身が立ち上げたレーベルSincere Soul Recordsからのリリース。よって、Kenny Lattimoreらしさが全面に打ち出されたアルバムになっている。Kenny Lattimoreらしさとは何かを考えるに、それは繊細さだと思う。神経が行き届いていて、思索が巡らされているが、神経質ではない、どこかせつなさを漂わせたその世界は、唯一無二。この”Vulnerable”(日本語では傷つきやすい、感じやすいの意味)は、どこか往年のブラックコンテンポラリーミュージックを思わせる音創りと相俟って、そのナイーブな音楽を堪能できる。

美点として「エモーショナルな」とか、「グルーヴィン」とかばかりが強調されがちなR&B/ソウル界にあって、こうしたゆったり聴けて引き込む音を持っているアーティストは、非常に貴重。しかし、繊細でも弱々しくはなく、そこがメランコリックすぎなくて良い。スケール感もある。あのPhil Collinsの名作”One More Night”のカバーがラストソングに入っているが、これはその好例。さらりとフィーチャーされたサックスはGerald Albrightで、贅沢さも味わえる。良盤。(2017/12/6 記)

Anatomy Of A Love Song (2015)


(★★★★★ 星5つ)



待望のアルバムで、前作”Timeless”からは7年。2012年にSincereSoul Recordsという独自のレーベルを立ち上げた後、2013年にEMIとの共同で”Back 2 Cool”というアルバムが出るはずだったが、これは発売延期に。アーティストとしての才能があっても、音楽ビジネスはその辺が難しいところだ。”Back 2 Cool”に収録予定だった全10曲はこのアルバム”Anatomy Of A Love Song”に収録され、さらに4曲が新しく追加された。ともかくもお蔵入りにならずよかった。アルバムジャケットでは童顔の顔を大人に見せるべく努力が見られる。ルックスも人気のKenny Lattimoreだが、ゲイとの噂もある(真相は定かではない)。

フィーチャーされたアーティストは、Kelly PriceLalah Hathaway、ラップのDa Truthに、何と懐かしいShaniceも。ただしShaniceはバックグラウンドボーカルでほとんど目立たない。ソロの作品では迷走しているLalah Hathawayもここではいい味を出している。

アルバム全体は、”Timeless”のように整理されたアコースティックな音で洗練されたKenny Lattimoreらしい世界。整理された、というのは、薄い打ち込みの流行りのあれではなく、痩せた印象にならずに吟味された構成、という意味だ。蒼く、少しせつなげなKenny Lattimoreの世界を存分に表現するのに寄与している。

歌の上手さは変わらず。男性ボーカルとしては細めの声だが、フレーズの端々にまでコントロールが利いていて、聴かせる声。上に下にとレンジを行き来させてはエモーショナルな面を見せていたChanté Mooreとのデュエットの時は、やはりらしくなかったのだろう、ここに来てKenny Lattimoreらしさは確立された気がする。スムーズだが、ジャズよりではなく、あまりに夜のムードでもなく、いいバランスが心地よい。R&Bファンならチェックすべきアルバム。(2015/4/15 記)

Timeless (2008)


(★★★★★ 星5つ)




Kenny Lattimoreを知ったきっかけは、元妻のChanté Mooreとのデュエットアルバムだった。(2011年には離婚したらしい)デュエットアルバム2作はいずれも良い作品で愛聴しているが、それは主にChanté Mooreが前々から好きだったからで、Kenny Lattimoreについては、正直「この男は誰? ああ、旦那さんか。旦那さんも歌うんだ」くらいの印象だった。際立った女性歌手をフィーチャーしたデュエットでは、男声ボーカルは往々にして名エスコートにしか過ぎない場合があるが、Chanté Mooreでのアルバムも控えめな印象しかなかった。

ところが、このソロアルバムを聴いて、自由にかつ伸びやかに歌うみずみずしい声に、はっとさせられた。デュエットアルバムの時とは明らかに異なって、解き放たれて自分の才能を存分に活かして歌っている感じがする。古いCMのキャッチコピーに「亭主元気で留守がいい」というのがあったかと思うが、その逆バージョンかと思うほどだ。(笑)

具体的には、このアルバムでは大人の音作りがされていて、アコースティックで抑えた音数で洗練された雰囲気が作り上げられている。そこにKennny Lattimoreの繊細な声が乗ると、得も言われぬ浮遊感を伴った独特のせつない世界が現れて、そこがいい。デュエットでは男は男らしくというかChanté Mooreの高音を活かすために頑張って下を受け持った感じだったが、男の繊細さを表すデリケートな高音が、この人を際立たせる魅力の一つであるように思われる。音も妙に今風な打ち込み音に走らず、ナチュラルに仕上げられていて、それが声とマッチしている。