映画レビュー リリーのすべて (The Danish Girl)


※ややネタバレ注意


(★★★★★ 星5つ)




正月のテレビ番組の醜悪さから逃れるためにレンタルして鑑賞。意義深く、美しい映画だった。もっと早く観ていればと思うほど。

映画は実話を基にしている。1930年から1931年にかけて世界初の性別適合手術を受けた元男性の女性が主人公アイナー・ヴィーグナー(後のリリー・エルベ)。デンマーク人の画家だったヴィーグナーは、同じく画家で妻のゲルダ・ヴィーグナーに請われて女性モデルの代理を務めた時に自分の中の女性性を再発見する。大抵のあらすじには「発見する」と書かれているが、「再発見」である。というのは、原体験が後に語られるからだ。

最初筋を追っている時には、この映画はトランスジェンダー(心と体の性が一致しない人)と、トランスヴェスタイト(異性装者 異性装をすることに居心地の良さや興奮を感じるが自分のジェンダーや性的指向とは別)を混同してるのではないかと危惧されたが、それが再発見であるとして原体験を交えて描くことで、正しい解釈が成り立つように見せている。が、そこはやや性急でやや契機としての正当化が難しいと感じさせられた。

その点や、異性装をしたヴィーグナーに惹かれる男性がゲイであると描くことで、「ゲイは女装の男が好き」あるいは「ゲイは女装」といった、一般的なゲイの実態に関する短絡的で片面的な誤解を強める危険はある。しかし、この映画の主目的は啓蒙教育ではないし、思想的正しさを強制する映画でもないので、よしとする。

そんな違和感は置いておいたとしても、心理描写・物語の展開共に実に丁寧で、ヴィーグナー夫妻それぞれの心の戸惑いと、それを克服しようとする様、現実を受け入れようとする様子と現実的問題とのはざまで煩悶する様が、緻密・克明に描き出されている。

自分自身であろうとすることの困難は、社会的にも肉体的にも大変という言葉では言い尽くせないものがあることを視覚化したこの映画の制作には敬意を表したい。この映画が実話をベースにしていることに照らしてみると、自分の中にも未だ偏見や無関心が巣食っていることを意識させられた。普段、ゲイがトランスジェンダーに対して無関心でありすぎるのは、異性愛者がLGBTのことを、身の回りにもいる存在だと思わない限り考えもしないのと一緒で、そうした無関心が黙殺に繋がり、偏見を形成する。自分自身が多様性の尊重を標榜するならば、他者の生き方をもっと意識しておかねばと思わせた。

この映画はそうした内容の意義深さが瞠目される第一なのだが、これを見事に演じきった主役のエディ・レッドメインと、その妻役のアリシア・ヴィキャンデルの演技は秀逸。そして時代考証や映像美も見事。日本ではこうしたテーマの映画にこれだけの配役とこれだけの資本投下はまず望めないだろう。そうした点で、映画ファンにもおさえておいてほしい作品。(2017/1/3 記)