(★★★☆☆ 星3つ)
abysseは魚介類を得意とするフランス料理の店。なお、全小文字なのは店の表記に従う。2025年ミシュラン一つ星、2020年にWorld 50 Best Restaurant Discovery に選出されている。メニューは12皿から成る季節のお任せ料理のみ。今回は昨年末以降怒涛の日々を過ごしてきて、引っ越しも何とか落ち着き、その間にあった出来事の慰労でパートナーと来訪。
場所は代官山駅が近いのだが、住所的には恵比寿。通りから少し奥まった場所にあるエントランスは、ミニマル。深海を意味する店名だけあって、テーブルクロスは深い青、店内はダークな色調で統一され、天井はコンクリート打ちっぱなしで、料理に集中させようという意図が窺われる。レセプショニストはおらず、フロア担当とソムリエが接客を担当する。
ソムリエは店のスタッフが皆年若い中、紳士な風体の方。非常に慣れた感じで、しかし親切でそつがなく、提案の仕方も客を尊重する姿勢を保っていてとても丁寧。我々は例によってシャンパーニュで通したのだが、オンリストのシャンパーニュは凝っている印象。我々はMarguet Avize Grand Cru 2019を選択。ブラン・ド・ブランなのだが、アヴィーズらしいふくよかさと深い香り、ワイドな味わい。ちなみにドサージュゼロ。
料理を出すテンポはつつがない。説明も十分、質問にも的確に答えてくれて安心できる。メニューには素材のみが書かれてある、モダンフレンチによく見られるスタイルで、料理が出てくると、スタイルに意外性が感じられる。
コースは軽く始まり、次第にエスカレーションしていくスタイル。魚介だけだと軽く食べられそうなんだろうか、と思っていると、ボディーブローがじわじわ効いてきて、ヴィアンド代わりのとらふぐでガツンとやられる。
という姿勢はよく理解できるのだが、コースが進むに従って、徐々に自分の好みから離れていってしまったのが、今回星3つの要因。料理について、作品の披露、プレゼンテーションやデモンストレーションとしての意味合いが強く感じられ、客へのもてなしや寄り添いはもう少しあってもいいのでは、と思われる感じがした。それは、あくまで俺からしてみた個人的印象にすぎず、俺のファイトバックする姿勢が足りなかったのかもしれず、シェフのショーを鑑賞するスタイルが好きな人もいるだろうし、それが評価されてこそのミシュランの星なのだろうとは思う。
具体的に料理で言うと、素材は魚介が主体なのだが、山の素材(野菜)などとも合わせて混合物としての仕上がりだ、という主張を感じるにせよ、たとえばアオリイカは俺には刻みが細かすぎて、イカのねっとりした食感や風味をもっと感じたかったところだし、金目鯛に合わせられたソースは主張も量も過剰で、金目鯛の歯ごたえの奥にある旨味を感じにくかったし、金目鯛横のセミドライミニトマトは酸味が強すぎて食べるとびっくりしてしまい、ソースも金目鯛も印象を吹き飛ばしてしまう。鮑の肝ソースはもったりしていて、鮑の旨味を包み隠してしまおうとしていて、さらにひらたけが合わせられると「鮑どれだっけ?」と探すことになる。
シェフはまだ年若く、意気盛んな感じが料理にも出ているのがいいところでもあり、もう少しこちら側(客の気持ち)に来てもらっても、という感想を持つ点でもあった。見送りのあっさり加減は、ゴエミヨだと少し不満を募らせるとして評価されるかもしれない。総じて言うと、料理はどこか少し力を抜いてほしかったし、ホスピタリティーではあと少し客あしらいのあり方が違う感じであれば、と思ってしまった。しかし、実力も、これからのポテンシャルもある店であることは間違いない。
(2025/3/29 記)