ブックレビュー エイドリアン・マッキンティ

コールド・コールド・グラウンド


(★★★☆☆ 星3つ)
今の人にはIRAといっても何のことかピンとこない、印象は特に思い浮かばないという人もいるだろう。しかし、おそらく40代後半以上の人なら、テロとか爆破事件といえば、9.11以前はIRAが代名詞だったなと思うだろう。著者のエイドリアン・マッキンティ(Adrian McKinty)は、1968年生まれで北アイルランド出身。思想的にそれを自分のものとするのはもう少し上の世代の人達だろうが、それでも10代にアイルランド抗争を肌で感じてきたはずだ。そしてそれが設定によく活きている。

宗教に根ざす対立、組織内での権力抗争、80年代における世相と文化の混沌。それらを正確に描写しつつ、著者でなければ描き出せない世界を構築していて、ディープな世界に引き込む。そして、物語は長い。オペラあり、80’sの音楽あり、果てはギリシャ神話のモチーフまで引用して、ストーリーを展開する。

女性解剖医と懇ろになるなどのストーリーはお約束。極善意に解釈するなら、荒廃した環境でも人間は愛を拠り所に生きるものとしてそうしたラブロマンスの要素は欠かせないということなのだろうが、この物語の素地になる同性愛者を標的にしたと思われる連続殺人事件を巡り、いくら80年代でゲイに偏見の根強かった時代とはいっても「ホモ」「ホモ」と侮蔑語の羅列で押し通し、そこに対する正義の実現をストーリーで試みていない点は、釈然としない気持ちになる。何故ならこれは2018年に発表されたもので、フィクションなのだから。警部が社会正義を実現しようと奮闘するものならば「よりよい社会に向けての信条はかくあるべし」と主人公に演らせて初めて、設定した時代としての当時の何が間違いで何が正義であろうとしたのかを真に描き出すことになるのだ。

要するに、入り組んでディープな当時の世界を舞台装置として描き出すことには成功しているが、現代の価値観への連続や、社会かくあるべしという視点に物足りなさが残った。他に物語の核心について不満に思うことは多々あるが、それは下記で。

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しかしながら、プロットで置いた殺人現場の奇妙な様子が単に撹乱のためという落とし所になっているのはガッカリ。最初に殺人の被害者の体内から出てくる楽譜までご丁寧に掲示されているのに、その楽譜のモチーフはまったく活かされないのは、犯人の撹乱意図以上に思わせぶりで読者への撹乱か。疑問は多々。警部物シリーズの初作を目論みながら、最後には主人公がMI5に見込まれてという身分転換を暗示するなど、どうも釈然としない。

ポテンシャルとしては、著者の知識の広範さも存分にアピールすることに成功しているし、「売れる」ストーリーを書ける作家として十分以上。しかし、上記の食い足りなさが、読んで「ああ面白かった」とは言わせない感じだった。(2018/12/18 記)

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