ブックレビュー 山本周五郎


季節のない街


(★★★★★ 星5つ)

貧民街の人々の機微を描いた物語で、作者自らが

この『季節のない街』は都会の『青べか物語』といってもいいほど内容には共通点が多いのである

と言っているほど、構成は似ている。しかし、構成は似てこそすれ、描き出される人々はそれぞれに異なっていて、「街」に住んでいる人ならでは、都会ならではの人の密度からくる人間模様や、『青べか物語』から少し時代を経てからゆえのイデオロギー的観点にとらわれている人など、『季節のない街』独自に展開されている世界があって、これも読む意義が多いにある。

とても仔細に人間関係が組み合わさっていて、すごい創作能力だなと思ったら、これは実地の取材を元にしているそうだ。それでもその素材を活かしきって物語に昇華させる手腕は並大抵のものではない。

これを読んでいて、時代的にも自分の属する世界的にも遠い世界ではあるはずなのに、自分のことを鋭く突かれているようなところもあって、読んでいてドキリとしたり、キリキリ痛んだりした。頭でっかちで思想論を振り回すが、食っていけない寒藤清郷(かんどうせいきょう)先生なんかの箇所なんかは、インテリを自負するが世間と対峙するいくじのない人間を見事に風刺しているかのよう。

人間味を描き切っているこの小説は、今、違う世界を生きているはずの自分たちにもヒタと迫るものを持っている。
黒澤明監督が『どですかでん』というタイトルでこれを映画化しているそうだ。観てみたい。(2015年2月10日 記)

青べか物語


(★★★★★ 星5つ)

部落で起こる人々の悲喜こもごもを短編の章に仕立てて書かれた作品。架空の名ではあるが、その場所は「根戸川」となっており、ズウズウ弁と相まってそのイメージソースは茨城県の村落かと思いきや、今の千葉県浦安なのだとか。作中では「浦粕町」となっている。そして「根戸川」は利根川ではなく、江戸川のようだ。

小説家の主人公が東京から越してきてここに落ち着き、「青べか」と呼ばれる舟をふっかけられて買い取ることが序章になっているが、その買取りのいきさつから、その後の生活まで、身の回りで起こる様々な出来事は、当時(時代がはっきりしないが、昭和にうつった頃か)の習俗の様子が手に取るように分かる。その活き活きとした様を描き出す筆致は見事。

面白いのは、地域住民の有様を描き出す時に、性風俗などについても言葉を選びつつも包み隠すことなく記述している点。そうした歴史は、埋もれやすい。性を矮小化すると、人間は生き様を失うことさえある。この作品は、そこをきちんと生活や人生の一部として捉えている。

物語は筆者の体験とほぼ一体であったことと思う。筆者がその後浦粕町を訪れた時も描かれているのがまた興味をそそる。そしてそこで予想されたこととはいえ、過去が失われ、人間の機微が色あせていくことの残念さを感じて、読者はいわゆる日本の原風景になおいっそう思いを馳せることとなるのだ。人の心が失われていき、現実とバーチャルとを行き来する慌ただしく荒涼とした生活を送る者にあっては、貴重な追体験となるだろう。(2012年11月15日 記)