ブックレビュー 戌井昭人


まずいスープ


(★★★★☆ 星4つ)

短篇集。小説はリアリティーを追求すればするほど描写は難しくなる。リアリティーを出すには細かい設定が要るがしかし、小説とはその設定された舞台のうえで嘘をつく余地のうえに展開されるものなので、嘘をつける場が狭くなってしまうからだ。この人の小説は設定がうまい。環境の描写を含めて舞台の小道具が凝っている。

そのうえで、表題の『まずいスープ』では奇妙かつ急に失踪する父親をめぐって物語が展開するのだが、なんというか力の抜き方が巧い。筋を追うのが楽しみとみせかけて、描写というか文章自体を楽しませるようにできている。しかし、新鮮な比喩使いとか、詩的表現なんかはほとんど見られない。淡々としているのに、独自の世界を織り成していく。一種の「かろみ」とでも言おうか、いなしかたがこなれていて、読んでいて小気味よい。

短編の中には女性が主人公のものもある。男性が女性を主人公にして小説を書くと、どうも無理が過ぎたり、心理が浅かったりするが、そのあたりもちゃんとしている。俗っぽい舞台の描き方は読み手の頭の中でスケッチするのも容易いが、そうした何ということのない書き方であるかのように見えて、これはかなり達観した境地と力量でないと書けない作品達だなあと思う。書かれている世界がたとえ読み手の趣味に合わない世界だったとしても(つまり正直舞台となっている世界は自分の好みではなかったのだが そこが星5つでなく4つである理由)、読み進ませるだけの説得力があって、不快感を与えないのは相当のことだ。(2013/7/11 記)