短い夏休み、それまでの慰労を兼ねて開けた。

Henri Giraud Fût de Chêne Brut MV10(アンリ・ジロー フュ・ド・シェーヌ マルチビンテージ10)は、Henri Giraudのプレステージキュヴェ。かつてはFût de Chêneはアンリ・ジローのトップキュヴェとして、ミレジメ(単一年)で作られていたが、今は複数年のリザーブドワインを組み合わせて作るマルチビンテージになり、ミレジメとしてのトップキュヴェは新たにArgonne(アルゴンヌ)が登場している。ミレジメのFût de Chêneは2000年が最後だ。
マルチビンテージという言い方を始めたのはKrugだったか。大抵のメゾンのトップ/プレステージキュヴェはミレジメだが、当然、年により微妙に味わいは違う。その揺れの中でシャンパーニュメゾンの味を特徴づけるのは難しく、そしてその特徴を作柄に関わらず一定に保つのは、もっと難しいことだろう。かくして、シャンパーニュに許された、複数年のワインのアッサンブラージュで作るノンビンテージは効果を発揮する。
話は戻るが、ミレジメが当たり前のトップ/プレステージキュヴェをアッサンブラージュで作るのは、品質や特徴を保つには良いが、トップ/プレステージキュヴェに求められるもう一つの要素には不利だ。即ち、稀少性である。ミレジメなら、自ずと製造量には上限がある。しかし、極端なことを言えば、ノンヴィンテージなら(元になるワインの貯蔵量が上限を決めるとはいえ)年の収穫量に左右されずに作ることができる。稀少性というプレミアム感は弱まるわけだ。そこをどうクリアするか、つまりお手軽に作られたものではないものだと買い手を納得させることができるかは、難しいところだ。
となると、品質に気を配り、かつ熟成年を長く取るなどして、本質的に上質であることを追求することが重要になる。そして、ブレンドされるリザーブドワインをある程度絞り込み、それぞれがビンテージに値するとの触れ込みで、マルチビンテージという言い回しをする。その点、Henri Giraud Fût de Chêne Brut MV10は、名前が示すとおり、2010年産のワインを主としてあることを謳う。他の年は何年で、どんな割合かは詳しく触れた資料がない。Henri Giraudの公式サイトは長らく工事中になっていて、きちんとしたノートがないのが残念だ。ちなみにもうMV12が出回っているらしく、言うなればこれはマルチバックビンテージ(?)。
詳細な資料がないなかでも調べると、このFût de Chêne Brut MV10はアルゴンヌの森のオークで作られた樽で一次発酵を12ヶ月施した後、6年の瓶内熟成を経るとか。ドサージュは不明。セパージュはアイ村名産のピノ・ノワール7割、シャルドネ3割。
開栓は少々変わっていて、普通はミュズレがコルクを留め、ミュズレからワイヤーが渡されているが、これはコの字型の留め金がコルクを留めていて、ナイフを留め金の隙間に入れて外す方式。なお、「キャップにホイルがあるのは並行輸入物」などとする一部ウェブサイトがあるが、それは正しくない。アンリ・ジローの公式サイトにある動画のそれには、ホイルが施されているのを見ると分かる。


キャップホイルがないので、ボトルネックにもエッチングが施されている。
開栓すると凝縮された香りが漂う。マールのようなブランデー様の香り、南国のドライフルーツ、バニラ、クローブなどなど、エキゾチックでさえある。

口に含むと、ムースのような泡が心地よく広がり、鼻で感じたエキゾチックさと濃厚さを味でも確かめることになる。樽の特徴を感じるところは確かに重厚で、Vilmart & Co. のCoeur de Cuvéeまでは行かないが、どっしりとした男性的な感じ。それは、Bollingerなどとはまた違うダイナミックさだ。しかし、舌に残る感じはなく、意外なほどブリュット。余韻は長い。

時間を置いて飲み進めると、最初に感じた樽の印象は丸まってゆき、深い森のような印象を抱かせる。上質さは、マルチビンテージと謳うだけあって、ノンビンテージのEspritやHommage à François Hémartとも違う。Henri Giraudというとブラン・ド・ノワールの銘酒Code Noirが好みなのだが、あれともまた違う、プレステージならではの奥深さがある。
この重厚さには好き嫌いもあろうが(パートナーじょにおの好みからは少し外れたようだ)、俺は好みの部類だ。シャンパーニュには泡のイメージから華やかさや軽やかなイメージがつきまとうが、シャンパーニュでここまでできるという、一つの到達点であると思う。シャンパーニュが好きで、その可能性を見たいなら、飲んでみるべき1本。