癌の記録 それは突然やってきた

告知

「残念ながら」
人あたりのいい、コミュニケーション能力の高そうな耳鼻咽喉科の医師は、検査結果の告知を切り出した。そういう可能性もあると思ってはいたものの、いざ言葉を聞くと、すっと冷たいものが体を上から下まで走る感じがした。
「良くない性質のものとわかりましたので」
と言われて、「なるほど、そうですか」と静かに返答する。
人によっては取り乱すのかもしれないが、俺がそこで取り乱したところで、事態は何も変わらないし、病気はその医師のせいでもない。人は、悪い知らせを聞いたことに対して、妙に冷静になれるものだな、と思った。重大な知らせを聞いて、妙に自分の中がしんとする感じ。それは、過去にも何度か経験した。昔のパートナーがHIVに感染している報告を受けた時。父の死を告げる電話を受けた時など。

上記の告知は公立昭和病院でのこと。病院を訪れたのは、一昨日。最初の身体的予兆は、7月末のことだった。耳の下のリンパ腺が腫れた。前にもそれは経験がある。アトピー性皮膚炎で、耳の裏などを掻き崩した所から雑菌が入ったりした時に。今回、またそれかと、町の内科にかかり、出された抗生物質を飲んだが、腫れが引かない。内科医からは、これで引かなければ耳鼻科を受診した方がいいと言われ、今度はほど近い耳鼻咽喉科の開業医を訪れた。スコープで見た喉は異常なし。簡易なエコーでも診たが、詳しい検査ができないので、公立昭和病院への紹介状を書くから受診するようにと言われ、予約を取って、公立昭和病院を検査で訪れたのだ。

午前に問診と触診、採血。午後に組織を取って調べた。組織を取った時には、「膿疱ではないか」という言葉も聞かれた。人は都合のいい言葉の方を信じたがるものだ。俺もそっちの可能性が大きいだろうな、位に考えた。2日後(つまり今日)には造影剤を使ったCTスキャンの予約があり、むしろそれはおまけくらいになるのではないかと。

しかし、「残念ながら」だった。腫瘍があって、悪性なのだと。リンパ節の腫れそのものは腫瘍ではなく、元になる腫瘍が付近にあって、それに反応した結果だろうという。なので、リンパ節腫瘍とは診断されなかった。

CT。向かって右、中程に腫脹がある。(画像は担当医の許可を得て撮影)。
CT。向かって右、中程に腫脹がある。(画像は担当医の許可を得て撮影)。

一人で検査結果を聞きにきている俺にショックを与えないためだろうか、腫瘍や癌という言葉さえ使わず、婉曲的な言い回しをするので、こちらが「腫瘍の治療となると」とか「悪性ということですね?」とはっきり言って確かめ、治療をどこでするかという話になって、国立がん研究センター中央病院への紹介を受けた。

紹介状と組織サンプルの準備を待つ間、パートナーじょにおにLINEで知らせる。知らせを受けて、じょにおももちろんショックを受けただろうが、じょにおも理性的な人なので、万一の可能性として、2日前の病院での検査を受けた時点で、悪性腫瘍だった場合に何をどう進めるか、二人で話してはいた。できることは、動けるうちにやっておいた方がいいとの共通の考えで、パートナーシップに関する公正証書の作成を実行に移すことにし、俺がじょにおに検査結果を知らせてすぐ、じょにおが行政書士でそうした公正証書作成業務に詳しい人に連絡をつけて、予約を入れた。

周辺環境

ここで、俺とじょにおの周辺環境について触れておこう。

俺には母がいるが、極度のパーソナリティ障害で、かつ毒親であったため、連絡を途絶して久しい。父はとうの昔に他界した。そして隣県在住の妹が一人いて、妹には夫との間に息子が一人いる。妹との仲は特に険悪ではないが、複雑な家庭環境の経緯があって、妹もかなり精神的にやられた時期があり、今は儀礼的に、お互いの誕生日と、正月に簡単なメールをする位の間柄だ。一度、俺はじょにおを紹介する会食を、妹と3人でしたことがあるが、妹が精神衛生を保つには、家族としての背景を否が応でも感じさせる俺とは距離を取っている方がいいだろうし、俺も妹の静穏を乱す気もないので、それが正解だと思い、距離を保っている。俺と妹それぞれに、幸せな暮らしを築ければ、それでいい。
そんな訳で、俺は自分の血縁関係については、実質一人と言ってもいい。親戚は父母との摩擦があり、それを承継して俺も「縁が切れた」状態だ。

そしてじょにおだが、親兄弟・親戚関係はほとんどの人が近くに暮らしていて、密な関係性だ。俺のことも親兄弟だけでなく親戚にも紹介済みで受け入れられており、俺はじょにおの家にすっかり馴染んでいる。そして、じょにおと俺は同じ仕事をしている(仕事の内容は全く違うが)。つまり、俺は公私ともじょにおと共に歩んでいる状態だ。今回、検査を受けることについて、じょにおの母にまず一報入れておいたのだが、話はじょにおの兄にも伝わり、じょにおの兄は、息子と共に俺のことを心配しているとか。

これから

さて、これから、癌の治療が始まる訳だが、何がどうなるのか、予測がつかない。酒は飲むが1回の飲酒量は最大でシャンパーニュボトル半分ほど。タバコは吸わないし(喫煙歴自体がない)、食べ物もジャンクフードはほとんど口にせず、どちらかというと気をつけていたので、癌は自分とは縁遠いものと思っていた。今のところ、腫れているリンパ腺も、組織サンプルを取った時に注射器で吸引して腫れがやや引き、違和感も薄れて、他に自覚症状はない。

俺は、自分自身がどうなるのかということより、正直、じょにおのこれからの方が気にかかっている。もし最悪、進行が早くてどうしようもなくなれば、俺は愛犬達よりも早く逝くことになるのか、そうすると二頭の世話は大変だろうに、などと考えた。いつもおいしいと言って食べてくれる俺の料理も、じょにおに作ってやれなくなるし、うちに掃除だの片づけだの、細々手を入れているのは主に俺なのだが、それも大変だろうし。

これからが長丁場になるのか、それもあっという間のことになるのか、予測がつかない。ともかく、対峙していく他なかろう。

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2 Replies to “癌の記録 それは突然やってきた”

  1. ご無沙汰しています。
    久しぶりにブログを拝見しましたら、びっくりしてしまいました。僕も同い年の1967年生まれなので、本当にショックです。良い方向に進んで行きますことを祈っております。

    1. コメントおよびお気遣いありがとうございます。オロオロしてもしょうがないので、手術に向けて検査を受けて、体力をつけて臨もうと思っています。これ位の年齢になると何かしら出てくるものなのかもしれませんね。

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