付き合い10周年を迎えて

じょにおとの付き合いが、10周年を迎えた。何だか、あっという間だった。過去に他の人と付き合った時には、人と付き合うとはなぜこんなにも難しいのだろう、初めて何ヶ月目かを迎えても翌月の予定も立たない、といったこともあった。それが、あれよあれよと10周年。

もちろん、ちょっとした喧嘩もあった。が、お互い関係をよりよくしたいというのが基本的なスタンスであって、その時に腹が立っていることは、形態の巧拙あるにせよ伝えるけれども、「ただ意地を張り合っているのは時間がもったいない、ぶつかるにしても前を見てのこと」という共通認識があるのは、関係を良い状態で続けていくうえで、とても幸運で有効であると思う。そして、幸運なことに、うちはそもそも喧嘩の回数そのものがとても少ない。

環境の変化

10年の間に、身の回りはいろいろ変わった。たまたま付き合い始める頃と相前後してじょにおがマンションを購入し、半年してそこに俺が引っ越してくる形で二人暮らしが始まった。最初は家具も持ち寄りで、二人で少しずつ気に入りの物に買い換え、買い揃えていった。物選びについては、俺のわがままを通させてもらうこともたびたびだが、共通の物を選ぶ時には、好みが大体似ていてぶつかり合うことはほとんどなく、これも幸運なことだった。

買い揃えていった調度品達(もちろん一部)。
買い揃えていった調度品達(もちろん一部)。

そして、10周年ついでにカムアウトすると、俺は数年前からじょにおと一緒に働いていて、公私共に一緒の時間が多い。しかし、四六時中べったりな訳ではなく、業務は全く異なる。が、お互いの独立した時間をうまく作って、メリハリのある過ごし方をすることの必要性は、近年、それまで以上に大事になっている。尤も、じょにおの仕事は益々忙しく、出張も多く入るようになってきてはいるので、過度に時間が重複することによる弊害はあまり起きなさそうだ。

犬を飼う

付き合って4年して、我が家にプットニョスを迎えた。それまで、犬を飼うといいねと言いつつ、踏ん切りがつかないでいたのを、ついに実現させた形だ。お互い、かつて親と暮らしていた頃には犬を飼っていたが(じょにおの実家にはラブラドールレトリバーが5頭もいたらしい)、我々の犬として迎えるというのは結構大変で、しかし運良く素晴らしいドッグトレーナーさんに巡り会い、じょにおの実家にも犬育てを手伝ってもらって、大変助かった。

そしてさらに2年後、2頭目のノアノアを迎えた。プットニョスを飼う時には、何の犬種にしようかと相談した時、たまたま俺が「フレンチブルドッグは?」と言ったのがきっかけでブリーダーに見に行って決めたのだが、じょにおも俺もすっかりフレンチブルドッグが好きになってしまい、ノアノアの時には迷わず同じブリーダーに見に行ったのだった。

当初ノアノアを迎えた時には、プットニョスが1頭でいる時寂しくないように相棒を、と思ったのだが、それはあてが違った。今でこそしぐさがシンクロしたり、折り合いよく過ごしているが、我々の愛情を独占したかったプットニョスにとっては、ノアノアの存在を受け入れることは大変だったようで、一時期体調を崩したのはそのせいではなかったかと思っている。今が良い状態で、本当に良かった。

家に来たばかりのプットニョス(左上)、ノアノア(右上)。今ではこの通り(右下プットニョス、左下ノアノア)。
家に来たばかりのプットニョス(左上)、ノアノア(右上)。今ではこの通り(右下プットニョス、左下ノアノア)。

犬を飼ってよかったことは多々あるが、大きなことの一つとして、人間関係がある。犬を飼っている人同士、性的指向関係なく思わぬ形で付き合いが広がるし、日頃犬を散歩させていると、声をかけてくる人もいて、犬を飼っていなければ話もしなかっただろうそうした人と言葉をかわすことになる。犬は、人とのつながりをもたらしてくれる。それは、大きな発見だった。

トレーナーさんを通じての他の犬達やその飼主さん達との交流。
トレーナーさんを通じての他の犬達やその飼主さん達との交流。

オープンなゲイカップルとして

付き合い当初から、というよりもその前からずっと、俺はゲイであることをオープンにしていた。過去複数の会社に勤めたが、自分がゲイであることをオープンにしていたし、父母や妹も知っている(父はもう10数年前に他界し、極度のパーソナリティ障害でコミュニケーションの成り立たない母とは連絡を絶ち、妹とは年始とお互いの誕生日に簡単なメールを送り合う程度だが)。

じょにおは付き合った当初、家族にはゲイであることをオープンにしていなかった。しかし、じょにおはもともと家族との絆が強く、実家との物理的距離も近い場所で俺と一緒に暮らしていれば、むしろ隠していることの方が不自然と考えたのだろう、付き合って2年目にカムアウトして、それからは親類縁者にも我々の関係性を明らかにし、今では俺はすっかりじょにお家に「家族」として迎え入れられている。親戚の冠婚葬祭にも出席し、例えば結婚式での親族紹介では、俺はじょにおのパートナーとして紹介され、一族の写真にも収まり、葬式に参列して焼香し、周年忌にも出席する。日本では、レアなケースだと思う。

パレードにも毎年参加。冠婚葬祭にも二人で出席する。
パレードにも毎年参加。冠婚葬祭にも二人で出席する。

そうした生活形態を送り、LGBTの可視化を通じて理解を促進するための写真プロジェクトOUT IN JAPANにもカップルとして参加した。我々に触発されて同じく写真撮影を決めてくれた友人もいる。じょにおが何故カムアウトしようと思うに至ったのかは、上記リンクにあるメッセージを是非とも参照してほしい。我がパートナーながら、いいことを言っていると思う。

また、我々は同性婚人権救済申立の申立人にもなっている。我々のパートナーシップに法的保障を得たいとの私的な動機と、社会的に実現さるべき平等と人権保障をこの日本でも、という社会的動機からだ。残念ながら日弁連からの勧告はいまだないなか、先ごろ同性婚を巡る憲法訴訟も提起された。ついに世論調査では同性婚への賛成意見が反対を上回った。しかし一方で、誤解や憎悪を増大させるような偏見に満ちた政治家発言も目立つ。向こう10年はどうなるのか、行く末を見守るだけでなく、声を上げてゆきたい。我々は、いわゆるLGBT活動家ではない。しかし、可視化、そして実体としての存在を示すことについては、積極的であり続けたい。

これまで、そしてこれからの10年

この10年間は、俺にとって、人生最良の10年間だったと言える。人生の中で一番よく笑った。返す返す思うのは、我を通したい割に人生において本当にしたいことが定まっていないこんな俺を、じょにおはよくぞ受け入れてくれてきたものだと。感謝に堪えない。そして、周りの人々にも恵まれ、彼らにも感謝したい。

いつも笑いが絶えない。
いつも笑いが絶えない。

これからについては、予想はまだ立たない。次の10年が経った時、俺はもう60過ぎだ(!)。そしてじょにおは40代後半。その時、日本の同性パートナーシップはどうなっているのか、そもそもこの社会がどうなっているのか、分からない。が、少なくとも俺とじょにおは、次の10年に向かって既に日々を過ごしており、生き続けたとして、20周年、25周年、30周年を迎えることに疑問を持っていない。これから俺がじょにおに何かを望むとするなら、より自分らしい姿であってほしい。そのために、俺も、相手に要望をあれこれ出すよりは、自分の面倒を自分で見ることを、もっとしっかりやっていかねばならないと思う。

 

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