90年代ゲイクラブアーカイブ小説を書いてみた


その昔、大学を卒業後に就職せず司法浪人していた俺が30を迎え、就職経験もアルバイトの経験すらなかった俺が独り立ちをするにあたって自分をどう売り込もうかと思った時、手慰みに書いた小説で佳作を受賞し、それが機になって、とある出版社に就職した。確か、受賞記念作の短編も雑誌に掲載してもらった。でもそれ以来、小説を書くことからは永く遠ざかった。

それが、去年になって、とある出版社でLGBTに主眼を置いた作品コンクールがあると聞いて、久しぶりに書いて送ってみたのだが、落選。しかしその後、その作品については、自費出版でなく、一般新書として出版しないかとの声がけあったのだが、諸々考えるところがあり、このブログを置いている個人サイトで公開することにした。
以下は書くに至った動機や、作品の背景といったゴタクなのだが、そんなのはいいから手っ取り早く読み始めたいという方はこちらから。

題名は『クラブロンリー』。90年代ハウスミュージックに傾倒した人ならすぐピンとくる曲からとった(日本では曲名については著作権上使用に問題はない)。90年代初頭は、日本のゲイシーンにおけるクラブ文化の黎明期だった。ゲイカルチャーはまだまだカルトな分野であった頃。ストレートのクラブ入場を排除し、いわばゲイのサンクチュアリーが、音楽やダンスと結びつき、バブルの終焉はあったものの、余波でもってビッグバンを迎えた時期だった。

その時期には、ちょうどハウスミュージックがダンスミュージックから独立してスタイルを確立した時期にも重なる。調性をなくしたリフや、ノンストップミックスに最適な4つ打ちバスドラに裏拍のハイハット、120~130のBPMがフォーマットとして定着してきて、クラブでの一夜は音が途切れることなく演出され、盛り上がった頃だ。

しかし、その日本のゲイクラブ黎明期のムーブメントをゲイがどう過ごしていたか、どんな音楽を楽しんでいたのかは、まとまって記されたものは知る限りない。現代につながるそれを、記しておかねばと思ったのだが、これこれがありました、こんなでした、では面白くない。そこで、小説仕立てにしてみようと思ったのだ。

場所は、その時代その場所を知る人なら、あああそこね、とすぐ思い浮かぶように書いておいた。しかし、あくまで小説は創作物であるので、以下の実在の場所をモデルに、実体験を交えながらストーリーを組み立てた。

実際の名称概要作中の名称
芝浦GOLD日本のクラブのはしり。1989年港区海岸3丁目にあった。ビル1棟まるごとがクラブで、倉庫を改装したコンクリート打ちっぱなしの内装だった。1995年閉店。QUICK(フロアー構成は作中の演出上、GOLDとは微妙に変えてある)
URASHIMAGOLDの7階にあったVIPフロアー。クラブフロアーとの行き来と違い、エレベーターで上がる場所。リュウグウ(QUICKのVIPフロアー)
LOVE&SEXGOLDのラウンジフロアー。ここにはメインフロアーから普通に上がってこれた。The Lust(QUICKのラウンジフロアー)
ジュリアナ東京ディスコの王道を継承し、バブル時代の象徴のような場所。羽根の扇子(通称『ジュリセン』)にボディコンの聖地。フリオ・トウキョウ
MILOS GARAGE新宿三丁目、花園神社横にあったクラブ。MYKONOS LOFT
ZIP BAR80年代後半~90年代前半に最も賑わったゲイバーの一つ。ドラマ『同窓会』のシーンに出てくるバーのモデルでもあった。DRAWSTRING BAR
(ゲイバー)8カウンターバー。渋いマスターがやっていた。今もある??スクラムハーフ

作中の人物描写は、モデルの存在しない完全に架空の存在もあれば、当時付き合いのあった友人をモデルにしたものもある。名前は完全に違う。どの存在が実在の人物をモデルにしたものかは、敢えて言わないことにする。人物に関しては、モデルが誰だか推察されないようにした。

そして、これを書くうえで外せなかったのが、HIV/AIDS。エイズが未知の奇病であった80年代から年数を経て、90年代に入ってもかかったら終わり・死に至る病として、その恐怖はゲイ社会のあらゆる所に影を落としていた。未だゲイ(だけ)の病気と思われていて、感染経路の誤った認識も多く、エイズ予防法なる人権無視の法律がまかり通っていた時代でもある(1999年に廃止)。ゲイであることを意識する時、エイズのことを考えないではいられない時期でもあった。このことをバックボーンにしないと、これは嘘になる。
小説とは、ついてもいい嘘をうまくつくことが肝要だが、90年代初頭のゲイライフを語る時、HIV/AIDSを無視することは、テーマを反故にする。したがって、これはクラブと同程度かそれ以上に重要なテーマでもある。

最近はいわゆるLGBTブームで、ニュースやメディアでLGBTに関すること目にすることも多くなってきた。が、LGBTとして存在が一般に可視化されるのと裏腹に、ゲイが自分の人生としてゲイライフを楽しむことは、メインテーマとして扱われることが少なくなり、「世の中にはこんな人もいます」という副次的存在に貶められているようにも感じられるのは、皮肉なことだ。誰もが自分の人生を生きる主人公であり、ゲイにはゲイをメインに据えた時間の過ごし方があり、それをきちんと書いておきたいとも思った。

以上のことを落とし込んだつもりなのが、こちらの『クラブロンリー』だ。90年代初頭のクラブ・ゲイライフのアーカイブであり、ゲイファンタジーでもある。コンクール用にあまり長すぎないよう、はしょって書いたので、食い足りないところもあるかと思うが、その時代を知っている人も、知らない人も、ゲイの人も、そうでない人も、読んで知って楽しんでもらえると嬉しい。蛇足だが、本サイトは無料。煩わしいバナー広告もないので、ご安心を。