不幸の手紙 毒親母からの不意の連絡


本当は5/7(日)にあった東京レインボープライドのことについて書きたいのだが、その前に気の重いことを記録としてつけておかねばならない。

GW明けに仕事を終えて帰宅して覗いた自宅ポストに、一通の手紙が入っていた。差出人を見てぞっとした。

母からだ。極度の自己愛性人格障害でかついわゆる毒親として、俺(と3歳年下の妹)に負の精神負荷をかけつづけた母とは、連絡を拒絶している。接触を断つことがこちらの精神の均衡を保つ唯一の選択肢だからだ。

毒親については、調べればいくらでも情報が出てくるが、知らない人に極大雑把に説明すると、親が精神的DV+ストーカー行為をはたらく感じと思ってもらえれば分かりやすい。ストーカーは自分への関心や愛情を集めようとして、執拗に相手との接触を図り、相手を自分の影響力下に置き、支配しようとする。それが、親子間で起こるわけだ。

母と連絡を取ることは、もう10年以上拒否している。ストーカー同様に、毒親とは接触を断つことが唯一の選択肢であったからだ。今の家に引っ越す前からメールアドレスを変え、電話番号も変えて、今の家の住所に越してからは住所を教えていないし、母から俺の住所を教えろとリクエストされた妹もそれを拒否していたにも関わらず、だ。

妹は結婚して戸籍を抜けているが、俺の戸籍はそのまま。母は、父(10数年前に他界している)と離婚しているが、俺の情報は、戸籍の附票等を見れば、調べられなくもない状態ではあっただろう。早く閲覧制限をかけるべきだったが、色々調べるに、親からの望まない接触などについてそうした閲覧制限等の措置をとることは容易ではないようで、そのままだった。それがいけなかったのか。

手紙の文面は、一見普通だ。知らない人が見ると「この手紙のどこが精神を蝕むのか」と思うだろう。しかし、長年に渡っての支配的陵辱行為から接触を拒否して連絡先を教えることを拒否している人間から、突然、その情報を知った経緯には触れずに、自分への接触を望む手紙が来たら、どう感じられるか、想像してみてほしい。恐怖以外の何ものでもないだろう。

それが、来たのだ。連休気分など一気に吹き飛んでしまった。

パートナーには、このことを知らせておいた。幸い、パートナーの父母や親族に関係性を受け入れられているので、万一その辺に情報照会があっても拒否するよう体制を整えた。職場にも事情を話し、一切の照会を拒む旨、周知してもらっておいた。

俺のウェブ生活にも制限をかけざるを得ない。ツイッターは非公開にした。このサイトも、SEOの諸策を削除し、検索エンジンに拾われることを拒否し、かつ一部コンテンツを非公開にした。検索エンジンに拾われないというのは、現代のウェブにとっては死んだも同然。基本、LGBTとしての立場を含めてオープンでありたい自分にとっては、苦渋の選択だ。

毒親は自分の何が悪いのか分かっていない。そして世間一般にも、「親子って切っても切れないものでしょ、親が子と連絡を取りたいと思うのは自然でしょ」という因習的概念から、親が子を支配するよう精神的に塗り固めることの罪悪については、理解されない場合が少なくない。そうした状況のすべてに乗じて、毒親はやってくるのだ。

直接連絡を取って今後も一切の連絡を拒否する旨伝えてやりたくもあり、怒りたい気持ちもある。が、それでは向こうの策に嵌まることになる。自分の存在に対する意識をこちらに思い起こさせ、反応を引き出すことが向こうの望みだからだ。そしてそれは、より多くのコンタクトのきっかけを与えてしまうことになる。なので、今はぐっと堪えている。

これ以降、何某かの接触を再び試みられたら、どうするべきか、また、どんな形でそれがやってくるのかはまだ頭にない。まったくもって厄介だ。