風邪引きの戯言 祖父の思い出


どうも喉がいがらっぽいと思ったらそこから風邪を引いた。医者に行くのは面倒だが、医者に行くと、よほどヤブでない限りは医者のことは信用しているので、薬を処方してもらった頃には良くなってきたような気さえすることがある。

多分、母方の祖父の影響だろう。亡き祖父は内科医で、長野の田舎で開業していた。俺が子供の頃夏に帰省すると、よく休診の時間中に、診察室に入ったものだ。昔のことだから、カルテはもちろん紙で、細長い引き出しがたくさん並んだ壁のカルテ棚にそれらが入れられているところや、煮沸消毒されたガラスの注射器、そんな田舎にまで営業にやってくるMR達が置いていった会社名や薬品名の入った文具などが印象に残っている。院内処方だったので薬局が併設されていて、整然と並んだ薬品達を眺めるのも好きだった。

診察時間中は仕事の邪魔をするのは厳禁。しかし、時間中でも、様子をよく見に、診察室の、家の中庭に面した廊下側のガラス戸が採光のために明けられているのを知っていて、廊下を渡って歩いた。子供なりに何気なさを装っているのだが、もちろんそんな演技は大人に通じるはずもなく、田舎で殆どの人が顔見知りなので、廊下の俺を見かけた患者さんが祖父に「あら、お孫さん。◯◯ちゃん(母の名)の子?」などと話しかけられるのが、何となく面白く、その廊下の先は使われていなかった古いお勝手で何の用もないのに、往復した。

帰省中に熱を出したりすると、祖父に診察されて、時々は注射を打たれたりし、薬を飲んだりもした。添付文書が時々祖父の家のリビングにあって(逐一読んでいたようで、午後の休診時間に診察室から持ってきていたものが置いてあった)、小学生なのにそれを眺めたりもしていた。そのせいか、病気の時薬を飲むことに、あまり抵抗がない。

祖父の診療所兼住居跡。Googleストリートビューより。景観保存の宿場町にあって、これだけが洋館風の造りだった。今の所有はどうなっているのか知らない。
祖父の診療所兼住居跡。Googleストリートビューより。景観保存の宿場町にあって、これだけが洋館風の造りだった。今の所有はどうなっているのか知らない。

しかし、祖父は子煩悩ならぬ孫煩悩だった訳ではない。どちらかと言うと今から思えば孤独を愛する人であり、趣味は囲碁、展覧会に出す菊を育てることに、ゴルフ。反骨精神があり、明治末期の生まれだったが、明治男の風情を湛えた祖父だった。特に孫に媚びるでもなく、田舎に引っ込みながらも自分の生き方をしていたことが、逆に俺に強い印象を残した。

医者に親近感を持って育ったせいか、今も話の合う友人は不思議と医者だったりする。無論、職業を聞いて親しくなったのではなく、知り合ったら医者だったのだが、親和性は人の縁を運ぶものなのかもしれない。

さて、おとなしく寝て、風邪を治してしまおう。病気で家にいると、つい昔を振り返りたくなったり、気分が内向きになったりしていけない。