愛の甘美


バレンタインデーのある今月だけでチョコレートは年間の3分の1を売り上げるのだと聞いたことがある。バレンタインデーにプレゼントされる物はチョコレートだけではないし、本来的には女から男に渡すなどと限ったことではないと大部分の人が分かっていたとしても、一旦根付いた習慣はそうは変わらないもので、しかも製菓業界的に命運がかかっているとなれば、なおさら。先週末、じょにおと町に出かけたら、丸の内の新丸ビルのロビーには特設会場があって賑やかで、近くにあるメゾン・ド・ショコラのブティックに入ろうとしたら、そちらも中が高級店らしからぬ混雑。新宿の伊勢丹の売り場に至っては女の渦で、殺人的な雰囲気でさえあった。

しかしチョコレートはしっかり入手。平日の空いている時にじょにおに買ってきてもらっていたのだ。ゲイだってしっかりバレンタインデーなのである。おいしいチョコレートを食べる機会を逃す手はないではないか、あ、いや、違う。買ってきてもらったのは、伊勢丹の地下に行くたび行列ができているのを横目に見て通りすぎていた、Jean-Paul Hévin(ジャン=ポール・エヴァン)のチョコレート。今シーズンは、あのChristine Ferber(クリスティーヌ・フェルベール)との共作とのこと。
Christine Ferberはおいしいジャム(コンフィチュールと言うべきか)の作り手、前にちらっと触れた日記はあるが、単独で取り上げたことはない。口に入れると陶然となるようなジャムを作る人で、それが一流のショコラティエと共作したというのだから、気になるではないか。まあ、じょにおにチョコレートを買っておいてくれと頼んで、その後で共作なのだと知ったのだけれど。

さて、バレンタインデーに遅れること2日、昨日賞味。パッケージは特別デザインの缶に入っている。

ハートの鍵を開けるキー。分かりやすい。(笑)
ハートの鍵を開けるキー。分かりやすい。(笑)
コラボレーションは10周年らしい。
コラボレーションは10周年らしい。

さて、開けてみると、ボンボンショコラと焼き菓子の組み合わせが現れる。手元に参照するべきリーフレットなどもなく、味をさっそく。

見た目は割と普通な感じ。
見た目は割と普通な感じ。
石を切り出した皿に移し換えて。
石を切り出した皿に移し換えて。

味だが、その妙味に「ん~!!!」と声が出るほど。大胆にジャム状のフランボワーズフィリングが封じ込めてあるもの(右)は、ビターチョコレートとの組み合わせがいい。そしてパッと弾けるようにエキゾチックなパッションフルーツの風味が広がるミルクチョコレート包み(中)は、酸味のあるガナッシュとやさしい甘みの外側のチョコレートが同時に味わえて斬新。右の中にあるガナッシュは、チョコレート好きに存分に応える。

ふと裏返すと、ロゴが刻まれている。芸が細かい。そしてこちらを表にしそうなのに、裏側というのが奥ゆかしくていい。
ふと裏返すと、ロゴが刻まれている。芸が細かい。そしてこちらを表にしそうなのに、裏側というのが奥ゆかしくていい。

焼き菓子も味わう。さっくりとした歯ごたえに香ばしい風味、そしてショコラティエの焼き菓子なので裏にはチョコレートのコーティング。なめらかでファインな味はさすが。

こんなのを贈られたら、そりゃあやられるわな。(笑)ショコラティエそれぞれの味わいの特徴をふと過去に食べた物と合わせて考えるに、ピエール・マルコリーニは斬新なアイディアが味の喜びを連れてくる。カカオサンパカは、挑むように大胆で材料の本質に迫っている。そしてこのジャン=ポール・エヴァンは、心地良い時間を提供する優美さがある。どのショコラティエの味の追究も恐るべきものだ。

しかしバレンタインデーのチョコレートをめぐってふと疑問が湧いてくる。男女のカップルは、女から贈られたチョコレートを男女でシェアするのだろうか? このチョコレートにしても、いかにも女性が好みそうなタッチのイラストが缶にあしらわれているし。あの訳の分からない「ホワイトデーには贈られた物の3倍返し」などという仕組まれたしきたりと同様、「贈ったチョコレートはシェアするのが礼儀」みたいな、しち面倒臭い暗黙のルールなどがあるのだろうか? ところで今回のこれ、やっぱり「これでおいしくなかったら怒るわい!」というような値段なんだろうか? ああ、やめよう、そんな事々を考え始めたら、せっかくの甘美な味の記憶が薄れてしまう。次の言葉で〆ることにしよう。本当においしかった!