ブックレビュー トム・ロブ・スミス


偽りの楽園(上・下)

(★★★★★ 星5つ)

(★★★★★ 星5つ)

三部作で確固たる名声を確立して後の期待作。そして期待を裏切ることのない出来。イギリスからスウェーデンに移住した父母の間に突然亀裂が入り、母は父が犯罪に加担していると言い、父は母が精神疾患だと言う。今回はスウェーデンが舞台で、またも異国情緒をうまく活かした設定。

今回の大きな特徴は2つ。1つは家族や親族の中での信頼・愛・確執が交錯する様が核になっていること。そしてゲイが主人公になっているが、ゲイ小説ではなく、完全に物語の主眼はミステリーであるということ。

まず前者だが、今までの対社会としての設定のシリアスさと対極の、正義では割り切ることのできない葛藤や、親子関係ならではの相手がこう動くはず、それなら自分がこう出たら、というコール&レスポンスが興味深い。冷徹に客観的に見ようとする努力と根本として信じたいという心情が鮮やかに描き出されている。

そして後者が、ゲイから見て喝采を送りたいところ。映画の話で、黒人が主人公ならそれは黒人映画、ゲイが主人公ならそれはゲイ映画だというような趣旨の主張を誰かがしているのを見たことがあるが、確かに今までのほとんどはそうだった。
しかし、これはゲイストーリーではない。主人公が自分の性的指向とパートナーがいるということとを告白する心の準備ができる前に母親にその状態を明かさざるをえないことは、物語のスパイスにはなってるのだが、ゲイであることはあまりにも自然で、パートナーの協力があることも当然に出てきて、そこは物語の舞台装置にとどまり、そこから先に展開されるミステリーに注視させることに、この物語は成功している。ゲイがいることとは普遍的な常識であるという立脚点に立って物語が書かれている意義は大きい。

肝心のミステリーだが、時間を追ってのスピーディでスリリングな展開や、誰が真実を述べていて誰が犯罪を犯しているのかを推量させながらの描き方はさすがトム・ロブ・スミス。登場人物それぞれのキャラクターの与え方も丁寧で明快。例によっての上下巻構成なのだが、この作品については分量的にも適切。読み終えて、「ああ面白かった」と思えるさすがの上下巻。(2016/3/10 記)

チャイルド44

(★★★★★ 星5つ)

(★★★★★ 星5つ)
トム・ロブ・スミスの名を一躍知らしめた名作。スターリン政権下でKGBメンバーの主人公レオが、共産圏には存在しないはずの連続猟奇殺人犯を追う。

一筋縄ではいかないのは、まずその主人公が単純な正義のヒーローではなく、KGBの権威をかさにきて数々の「反逆者」を粛清してきた、いわば権力悪の存在からスタートすること。すべてが疑心と嘘にまみれた社会で、私生活にもどんでん返しがあり、そんな中凄惨な事件を追い、自らも色んな意味で危険に晒されといった展開が、実にスリリング。

そしてもう一つ、読者の知識欲を満足させるのが、旧ソ連で如何にKGBが跳梁跋扈し、いわれのない罪を着せられては粛清されたり強制労働に送られていたりしたのかという様子を、鮮やかに・克明に描いてみせたこと。そこには権力者対人民のみならず、権力者間での軋轢も描かれているのだが、それらがスリリングな事件と相俟って、実に筋運びが興味深い。映画化もされ、そちらも興味深い

グラーグ57(上・下)

(★★★★★ 星5つ)

(★★★★★ 星5つ)

ヒットした前作『チャイルド44』の続編。『チャイルド44』は上下巻構成だが、こちらも上下巻。合わせると4冊という長編になっている。前作同様、ロシア人の地名や名前が次々出てくるが、描き出し方が明確なので、すぐに頭に入るので、ストーリーはスムーズに追える。

スターリンが去り、フルシチョフ政権化での、痛烈な体制の大変換を迎えたなか、例によってドラマティックにストーリーは展開していく。映画化をより意識したのか、アクション映画を彷彿とさせる戦闘シーンや爆発シーンも盛り込まれていて、少々俗なサービスが目立つが、全体の構成は硬派で、こと後半に至ってハンガリー動乱の様子をビジュアル化したかのような鮮明さで描き出しているのは、今までこの種の小説になかった面白さ。

長さからダルな展開を覚悟したが、興味をそがれることなく、一気に読み進められる。なお、原題は”Speech”。内容を考えると、そのタイトルの方が好適なように思う。

エージェント6(上・下)

(★★★★☆ 星4つ)

(★★★★☆ 星4つ)

前作『グラーグ57』で完結かと思いきや、その続編というか、The Beginningというか、シーズン0というか、主人公が妻と出会うに至ったいきさつから始まり、それから10数年してのエピソードまでを描く。これで三部作となるんだそうだ。

『チャイルド44』や『グラーグ57』で十分すぎるほどにドラマティックだったのに、また同じ主人公が延々上下巻に渡ってストーリーを展開するとなると、
「いくら設定にしてもちょっと書き過ぎじゃあ? 1人の人生にそんなにイベントをてんこ盛りにするか?」
と思ってしまう。読み始めるまでのそもそも論はひとまず置いて、ともかく読んでみると、やはり前作・前々作のようにページを繰るのは苦ではなく、紙数を費やしていても冗長には感じない。

のだが、この人の書き癖=ロケーション独特の名刺を出してエキゾチシズムを感じさせ、展開で出てくる登場人物が言動をかもしてからその名が明らかにされて意外性を演出するやり方=に慣れるというか飽きてくる。
そして結果、あっけないというかみすぼらしいエンディングに、「このエンディングを迎えるために上下巻読んだのかあ」と、少し肩透かしを食らわせられる感じ。前2作を読んで興味を引いたなら読んでもよいし、読んで後悔ということはないが、確たる満足感はなかった。