ブックレビュー ジュンパ・ラヒリ


停電の夜に


(★★★★★ 星5つ)

9つの短篇集で、原題は収録されている他の作品の”Interpreter Of Maladies”。『停電の夜に』の原題は”A Temporary Matter”。おそらくムーディーな名前をつけた方が本が売れるだろうとの判断だろう。

さて、作者のジュンパ・ラヒリはアメリカでの受賞経験のあるインド系英文小説家。アメリカベースだが、潔いほどインド人にしか焦点を当てていない。しかし、アメリカ社会ではメインストリームでない民族性から来る、社会にフィットしないながらも生きていかねばならない人の機微を、丁寧な筆致で書き起こしている。
小説の舞台は日常そのものなのに、日常を生きる人と社会や政治や国家が密接に関係していることを強く感じさせる。しかし、お説教めいた社会小説ではなく、人間にフォーカスされた視点で、ストーリーも、小説を読むならストーリーがしっかりしているものを読みたい人向け。

読んでいて特に面白かったのが、スパイスやハーブの叙述とともに、インド人らしい食生活の記述が出てくること。エスニシティーは食と共にあることを思い起こさせ、インド人が世界中どこへ行ってもインド料理を作るあの様子が、物語の様子を頭に描こうとする読者に、一層シーンを鮮やかさに描き出させる。その辺りの神経の細やかさも、この人の特徴だろう。
物語は特に冷徹だったりするが、どこかに人の生を諦めないポジティビティーが活きているのもいい。特に、最後に収録された『三度目の最後の大陸』はお勧め。