ブックレビュー J.G.バラード


時の声


(★★★☆☆ 星3つ)

本作は下記の『殺す』より古く、『殺す』の刊行は1998年、本作初版発行は1969年であるが、こちらを読んだのは下記作品よりも最近なので、この順番で記す。

さて、『殺す』はあまりにつまらなくて、もうこの人の本を読むことはあるまいと思っていたのだが、この『時の声』を買ってしまったのは、松丸本舗の書棚にあったからだ。(松丸本舗についてはこちらのブログを参照)この『時の声』はSF作品集なのだが、科学も経済もまだまだ上向き続けると信じられていた時代、そして同時に環境破壊の危惧も出始めていた時代に書かれた。なので、いかにもその時代の物らしい設定が見出される。そしてその設定はSFとしてありがち。というと面白くなさそうだが、そうしたイケイケドンドンな時代にあって、理性的に抑制されたタッチで書かれた文章が書かれており、煽りがないそれが美点だ。淡々と読み進められる。

SFというのは、時代が進歩していくとどんなデバイスが登場するかを予測して書くのが肝要だが、言い換えるとそれは書いている時代の常識を如何に超越するかが問題になる。その点、これは如何せん時代を超えられなかった設定が多く、記録はテープだし、(しかもカセットではなくリール式の)、デジタルという概念がなく、たばこを吸う場面がそこここに出てきて、40余年が経って読むと、かえって60年代を強く感じることとなる。しかし、SFのイマジネーションも飽和かと思われるような今(2011年)、特に放射能の恐怖にあえぐことが現実となった今にあっては、こうした膨らんで前進してゆく期待をこめた物をノスタルジアとともに読むことは、後ろ向きではあるがひとつの慰めになるかもしれない。

殺す


(★☆☆☆☆ 星1つ)

32人の大人が一斉に殺戮され、13人の子供が行方不明、という大上段をぶち上げたはよいが、プロットがシンプルすぎて推理の深みもなければ事件の鍵となる子供の描写も浅い。アンファンテリブルを書きたければ背景をもっと書き込むか、凄惨さで読者を引き込むかしなければならないだろう。出版するに足りない習作。